Jyoshima & Yamaguchi

sabato -サバト-

-->

柔らかな青い日差しにふとまばたきを繰り返す。
無意識に手の甲で擦るぼんやりとピントのずれた視界に写る天井は、セピア色の夢の景。
ああ、また、あの夢や と音にならぬ声で溜め息をつく。
子供の頃、自分の意に関わらず繰り返した転校の日々。
関西弁がおかしいといじめられた事も少なくなく。気が付けば、『人』という存在全てに緊張し、薄い膜をはり巡らしていたように思う。
そんな自分が、よりどころにしていた大切な情景の世界がある。
夢幻のようなその景色を見るのは、いつも決まって嫌なことがあった時や、寂しくてたまらない時だった。

あんなぁ、と舌足らずなどこか甘えた口調で、それでもおずおずと差し出した手を握りしめてくれた大きな掌は、十にならぬ頃に別れた父のもののようでもあり、そして、『たつや』の力強い指先のように思う。
けど、とまだ定まらぬ焦点に城島は、あふと浅い欠伸を繰り返す。
せやけど、昨日なんか嫌なことあったやろうか。久方ぶりにみるその夢天井に、小首を傾げながら、昨日という過去をゆっくりと探ろうと瞼を再び閉じたときだった。

「ただいまあ、シゲ。って貴方まだ、寝てるの?」
がちゃりという重たい扉が開かれる音と共に、耳に飛び込んできた声に、
「夢ちゃうわ」
と、その勢いと驚愕のままに、飛び起きようとした。が、
「いったあ」
ぐぁん ぐぁん 音で表現したら、まさに鐘が叩き割られるような鈍い痛みに、城島は頭を抱えるようにして再び布団の上に突っ伏した。 「あ〜、やっぱ、二日酔いになったか」 くすくすという笑い声と共に、ごそりと、片手の袋から取り出したペットボトルはミネラルウォーター。
「途中から、やばいかなって思ったんだけど」
貴方、慣れた風で飲んでるから強いのかなって思って、俺も調子に乗っちゃったし と露を滴らせたそれを、赤い頬と情けなさそうに潤んだ眼の城島の手の中に押し付けた。
「自分、化けもんか」
城島の倍のペースでグラスを開けていたはずの男ののほほんとした呑気そうな笑みに、素直にそれを受け取りながらもくしゃりと歪んだ表情。それを見て、山口がからりと笑う。
「貴方が弱いんでしょ。そのくせ、酒の選び方はマニアックなんだもんな」
うるさいわ と毒づきながらも城島は、一層赤くなる頬を隠すように布団に顔を埋めた。
とんでもない失態だ。確かに酒は好きだ。当然だが、会社の同僚とも飲みにいくし、接待でも酒はつきものだ。
だが、自分の飲める範囲というものは、十分理解しているはずだった。もとより、人付き合いが得手ではない上に、そういう場所では、無意味に気を使うらしい自分が、自分の酒量を越えて飲むなど初めてのこと。気のおけない相手でさえそうであるのに。と城島は、目の前でコンビニの袋を机の上にぶちまけている男の横顔をちらりと見遣る。
久しぶりに会った男だ。否、以前出会ったことことが現実であったとしても、一緒にいたのはほんの3日。しかも、その頃の自分はまだ幼くて。
ああ、もう、とぐしゃりと髪を掻き回し、はあと、再びついたため息に、山口がシゲ?と不思議そうな面持ちでこちらを振り返る。
「朝飯、買ってきたけど食えそう?」
「ん〜」
布団に懐いたままのくぐもった返事に返るのは笑い声。
その心地よい声に誘発されるように、ゆっくりと蘇ってくる記憶が全く持って忌ま忌ましい。
酔いのあまりに記憶が飛んだのならばそのままにしてくれていれば良かったのに。

「やって、達也が悪い」

そう自分は絡んだのだ。この男に。
ずっと探していたのに、自分おらへんから、とぐすぐすと泣き上戸よろしく愚痴を言い、挙げ句には、会いたかったのにと子供のように駄々を捏ねた記憶まであるのだ。

「すまん」

顔から火が出るというのはこういうことを言うのだと思いながらも、ぱんと頭上で両手を合わせた。
「何、謝ってるの」
「普段、こんなんちゃうねんで」
せやのに、ほとんど初対面に近い男に酔って絡んだ挙げ句、記憶にないとは言え、その男の家に泊まり布団を取り上げるなど、言語道断だ。
「つまりさ」
ぱんとサンドイッチの袋を破りながら、山口がにこりと口元を綻ばす。
「普段の貴方は人前ではそんな醜態を晒すような飲み方はしないってことだよね」
その言葉に、こくこくと頷くのに精いっぱいで、ゆうるりと笑み崩れていく山口の表情など見る余裕もなくて。
「ということは、それだけシゲが俺に気を許してくれてるってことじゃん」
「へ?」
ねっと覗き込んできた山口の言葉に、思わず、きょとんと言った表現がぴたりとくるような面持ちで、顔を上げた城島に、山口はもう一度、だよね、と末尾を繰り返す。
「そう言うことに、なるん?」
きゅっと歪んだ口角に、へしょりと歪んだ眉がやけに幼めいて見え、山口は目の前にあるくしゃくしゃの髪をくしゃりと掻き混ぜた。
「そういうこと、だから安心して、昼まで寝てな」
ああ、朝飯はちゃんと食えよ と続いた言葉に、ようやく城島は、もそりと布団から這い出して、膝を崩したまま机の前に座り込んだ。
「昼まで寝てなて言うても」
「だって、今日休みでしょ?土曜だもん」
ぺろりとひっぺがしたビニルにつるんと目の前に現れたお握りをもそりと齧る。
「だからさ、昼、貴方が起きたらさ、食いに行こ」
そう、にんまりとした表情の山口の親指が指し示す方向にある扉の遥か向こう側にあるものは。
「驕ってくれるんでしょ」
ラーメンと続いた言葉に、恐らくは、まだ、準備中の小さなカードを下げているであろう店を思い浮かべ、城島は大きく頷いた。

 

シリーズ

Story

サークル・書き手