むっと顔を膨らませ、ぷいと横を向く。途端に、目の前の男はあからさまにため息をついて肩を竦めてみせた。
その所作に、全然、似合ってねぇよっと鼻を鳴らせば、男はぎろりときつい視線を残し、ふいっと背を向けてしまう。そんな二人に、周囲は、いつものことだと静観を決め込む…訳がないのがうちのメンバーだ。
「たいちく〜ん」
なんで、いっつもいっつも茂くんに逆らうの?と唇を尖らせながら、年下のくせにほとんど同じ、むしろ少し高いぐらいの位置から覗き込んで来るむかつくツンツン頭を煩いと押しのけると、その隙間を縫うように、状況をぜんぜん読めてないガキがゲームしましょうよ〜とすり寄って来る。
「マジ、うぜぇってお前等」
そのくるくる毛を掻き混ぜながら、背後の気配に軽く視線を巡らせた。
「あなたもね、少しは大人になりなよ」
そう言いながら、先刻まで俺とにらみ合っていた男の肩に腕を回し、だからさあ、と頬をくっつけるようにして話しているその背に、どくっと顳かみの辺りの血液が鳴る。
同時に、早くなった動悸に胸を抑えたら、太一君?と心配げに覗き込んでくるのは、邪険に押しのけたツンツン頭だ。あ〜あ、そうぼやいてみても、背後に居る二人は、俺の状態に気付きもしない。
それが悔しい。ここで、ただ、地団駄を踏んでいるような心境の自分も、そんな俺に気付く訳もない上二人にも…。
最初は、山口君だからだと思った。
陽光のような誰もが憧れる明るく爽やかな笑顔。俺が目指すような、まさにタンクトップが似合う筋肉は羨むのもばからしい程綺麗にうねり、まくり上げた袖から見え隠れする上腕二頭筋は、文句のつけようがない。そのくせ、マッチョ特有の汗臭さもなくてどこから見ても俺の理想。だから、最初は山口君だと思ったんだ。
何かあれば肩を組み、時には当然のように腰に腕を回して、カメラが回ってても回ってなくても、頬をぺとりとくっつけて物を食うなんて、うちの中では当たり前すぎる接触率は、当然のごとく、端から見たら、はっきりいって異常な距離。その近さで、絡んだ視線に照れるふうもなく、くすくすと笑い合う二人の横顔に、どくっと大きく流れる血流も、ぎりりと痛みを訴える助骨の奥の方の空間も。全て、山口君が原因だと思ってたのに。
なのに。
「おはようございます」
ざわりとした人の流れに、弾かれたような喜悦が籠った声が響き渡り、返されるのは、今はときめく先輩方の低い声。
「おう」
おつかれ様です、そう交わされる言葉と、恐らくは、素早くさしだされているタオル。そう、絶対君主制ではないが、笑えるぐらいの体育会系であり、序列のはっきりとした事務所内では、先輩という存在は俺たちに取って絶対であり、後輩は、その遥か彼方の神のような存在の足下に、ひたりとひれ伏すのが習わしだ。
今も、リビングの一番中央に座り、すかさず出された野菜ジュースに、ありがとう と冷淡なまでに静かな声がする。
ああ、忌々しい。
あの男が、目の前の神のごとき存在に憧れて、この世界に飛び込んだのは周知の事実。
初恋を知ったばかりの少女じゃあるまいし、声を掛けられ、名を呼ばれるたびに、はにかむように僅かに上気する頬。まあ、それが艶かしいと思う程色は白くないけどさ。
ちょいちょいと指先だけで呼びつけられ、おずおずと近寄ったあの男に触れそうな距離で何かを囁く形の整った東さんの唇。だが、ここまで、東さんの声は届かない。だから、何を言ってるかなんてわかるわけもない。ただ、瞳を綺羅と輝かせながら、僅かに頷く横顔とその口元を隠す紅に染まった指先に苛つくだけだ。
最初は、山口君だと思ったんだ。
なのに、とんだフェイクだ。
出会ったときから、相性は最悪。徹底的に相反する思考に、相互理解を深めた事等一度だってないはずのに。
「あ〜、むかつく」
たまらずに叫んだ大声に、一瞬、室内に居た全員が俺を振り返った。まずいっと思ったけれど、その時、視線の端に映ったびくりと震えた心底驚いた表情と恐らくはその一瞬、その視界全てを俺だけが占めた事に、ほんの少しだけ溜飲がさがった。