けぶるような白い雨のカーテンの向こう側。 風に揺れる緑が光を落とす。
水不足が囁かれていたはずの空は、今はどんよりと厚い雲が垂れ込めている。
雨を凌ぐように縁にひたりと体を寄せる北登の視界をふらふらと2本の足が揺れる。
ほう 両手で抱えるような湯飲みから立ち登る湯気も雨の気配に静かに溶けて行く静かな時間。
「今頃さ、スタッフ、あっちで腐ってるんじゃねえの」
深く煤けたような縁側の上、胡座をかいた男が三本の指だけで支えた湯飲みから啜るように茶を飲むと長い睫毛に彩られた眼を細めて、山口が口角を器用に上げる。 目の前に置かれた小さな皿の上の茶請けは、村でとれた大根を干して作った手作りの漬物を厚めに切った物だ。
「ん〜、せやなあ、今日は果樹園の方撮りたい言うとったからなあ」
こちらも大きな瞳を三日月のように細めて、ほろりと笑みを浮かべる。
朝方から降り出した雨の中、雨合羽を着て田圃の草をむしったのは午前中の事。
「そう言うたかて、雨降らんかったら、畠も田圃も困るしなあ」
窯で炊いた米で作った大きな握り飯を昼餉に食べてから、まだ、半時。
一向に止む気配のない雨に、予定を狂わされたクルーは役場に籠って、スケジュールの組み直しを強いられている。 ほんの束の間の憩いを楽しむように、休憩を言い渡された二人は煎れたての熱い茶を啜っているのだ。
「けどさ」
「うん、これ以上降られたら、それはそれで根腐れ起こしてまうかもしれんしなあ」
程々に降り、程々に止む、それができるならばこれほど楽な事はない。
「やけど、こればっかりは、お天道さん次第やからなあ」
「なあんかさ、貴方、すっかり農業人って感じだね」
「なんやねんな、その農業人てのは」
「芸能人より似合うんじゃね?」
土がこびり付いた指の爪、その掌には何度も潰れた豆が重なり合い、固い皮を張っている。それは、自分も同じなのだが、ふわふわの前髪とやけにほうかむりの似合うその横顔に、くっくと笑う。
「どうせ僕は、職人にはなれんもん」
不器用やもんな
「何それ」
自分言うたんやろ?太一に と軽く拗ねたような口調になる。 『太一もすっかり職人だね』 それは、登り窯を作る為の煉瓦を割る作業をしている時の事だった。確かナレーションも、城島と国分の手つきを較べるようなものだったが。
「いいじゃん。太一は職人、シゲは農人で」
「そんなん、自分かて、太一かて田圃や畠はしとうやん」
「でもさ、貴方程のチャレンジャーじゃないよ」
自分達がしているのは、田圃、畠と村の最初からの作物が主となっている。 だが、貴方は と細めた目が一層柔らかさを帯びていく。 瓢箪をつくり、デカ南瓜に挑戦し、蕎麦を育てて、この北の地で砂糖黍を育てようとする貴方は誰よりも農人だよ と。
「でさ、松岡が料理人で、長瀬が漁師」
「ほんで、自分は棟梁か?」
そ、ここは村だからね、色んな職業の人間がいなくちゃね。 せやね、ほこりとした笑みを浮かべて、大分減った湯飲みを傾ける。 集約された世界やなあ とんとすっかりと空になった湯飲みを縁の奥の盆に戻すと、腰を伸ばすように伸びをする。 けぶるような雨が降る。 耳に届くは、土に弾ける水の音。 ほな、行きますか いつもよりほんの少し長い休憩は、恵みの雨が齎した一時の優しい恩恵。 傍らに脱ぎ捨てていた合羽を手に取ると、降りそぼる雨の中へと歩き出す。
眩い夏の光が顔を出すまで後少しの、そんな雨の一日。