今日は久しぶりに兄ぃとのロケだった。
多愛もない事で、ゲラゲラ笑い、莫迦みたいな事で頭を小突かれて、それでもやっぱり兄ぃとのロケは楽しい。
はらはらすることもどきどきすることもなく、どかっとした安心感からかもしれない。
でも、まあ、どんなに楽しくても天気に叶う事はずもなく、降り出した雨足の強さにほんの少しだけ予定より早く終ったロケに、いつも通り、飲みに行く事になったのは必然のようなもの。
田舎道の外れにぽつりと立った鄙びた宿のような作りの小さな居酒屋。
壁に掛かったメニューは然程凝ったものはないけれど、ふと、あの人が喜びそうだなと思うようなお袋メニュー。
それを二三注文して、先に出された麦酒で乾杯。
ロケの続きじゃないけれど、良く喋って良く食べる。
へえ、美味いじゃん 醤油もこだわってるのか、深みのある溜まり醤油。
そう言うと兄ぃは、流石松岡だよな 通だね 通 と機嫌が良さそうにからから笑って注がれたばかりの猪口を傾けた。
じゃあ、俺も、そう思って、もう一個用意されていた猪口に手酌で注いだ酒を一口。
へえ、美味いじゃん。
これってあの人好きそうだよなあ、って、さっきから俺、何かあの一言ばっかり思い出してねえ?
「ね」
リーダー好きそうじゃないって、言いかけた言葉は音にならず喉の奥にすうっと消える。
目の前で猪口を見つめながら浮かべられた至福の笑み。
ああ、そうか
今、兄ぃの前に居るのは俺じゃない。
ほっこりとした笑みで、猪口を飲み干すあの人の姿。
ちぇ そうだよね。
そう言えばあの人もそうだっっけ?長崎の旅館で、風呂上がりの一杯の時、
これ、ぐっさん好きそうやんなあ 一緒に食べたいな って眦を綻ばして卓袱料理の角煮食ってたっけ?
今、一緒に食ってんの俺よ俺
思わずそう言いそうになったのを喉の奥に飲み込んだ。
わかってるんだけどさ。
目の前では、一口味わう度に、一層深い笑みが刻まれる。
「まだ、新幹線走ってるよ」
間に合うんじゃない?
え? 小さく息を飲みながら振返った表情はどこか照れくさそうで。
はいはい、もう勝っ手にしてよね
悪ぃまぼ とか言いながらもすでに上着は腕の中。
マネージャーには伝えとくから、そう笑った俺に、拝むように片手を上げて、支払いも早々に扉を開けるどこか慌てたような男の背。
さっき、女将にこっそり聞いていたのは酒の名前とまだ開いている店の場所。
明日の朝はのんびりだから、とことん飲もうぜ なんてかわした言葉は空の果て。
さて と温かな居酒屋に背を向けて、俺は携帯電話を取り出した。
いくら兄ぃの足が早くても、電車の時刻は変わらない。
掛ける先は、最近、忙しさがまして眠る時間が早くなっているらしいあの人の携帯電話。
おおきに、とはにかんだような嬉しそうな声にそと携帯を切って、溜め息一つ。
日付変更線が変わる頃の幸せな恋人達でも思って、今夜は一人淋しく飲むとしますか。