Yamaguchi & Matsuoka

逢いたい

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日本各地を飛び回り、良くて一泊忙しくて日帰りと言う過酷なロケの中、ぽかりと空いた空白の時間。
自分達のフィールドである東京から遠く離れたロケの地で、ふらりと入った小さな居酒屋。
暖簾を潜ると溢れて来るのは、張りつめていた気がほろりと綻ぶような暖色を思わす揺るやかな空気。
お世辞にも綺麗とは言えぬ古びた土壁に所狭しと並べられた手書きのメニュー。
ぎしりと悲鳴を上げる小さな椅子に腰を下ろして、ふと母を思い出させるような懐かしい名前を幾つかあげて、お勧めの地酒をお任せで頼む。
手に取る箸が割り箸でなく、塗りのものである事さえも話題になり、気の置けないメンバーとの辺りを憚る事ない会話も心地よく、取り敢えずの麦酒ジョッキをがちりと合わす。
出された箸休めをついつい摘み、然程待つ事もなく、卓上に並べられていくのはほかほかと湯気のあがる田舎の料理。それが嬉しいと思う程には若くないと言う訳だ。
はい、お待っとさんでした
丁度ジョッキが空になるのを見計らうように、熱く燗された小さな徳利を傾けて、ととっと注がれるのは素朴な素焼きの猪口。
ありがとう と浮かべた笑みに、注いでくれた女将は、福与かな頬にほろりと笑顔を浮かべてごゆっくりとカウンターの向う側に消えいく。
いいよなあ こう言うの そう言う言葉に、うまそうだよね と舌鼓を打ちながらも、この醤油、溜まりだね 等と目を細めるひょろりとした男前に、通だね 等と言いながら、溢れるような酒を軽く尖った口が迎えに行く。
ああ
ほんの少し熱すぎる酒が舌を転がり、喉の奥を軽く焼くように流れて行く。
美味い
言葉にならない味わいに、ふと視線を落とした漣をたてる小さな水面。
透き通る酒の上、浮び上がるは、ほろりと零れる優しい笑顔。
とろりと溶けるこの酒を一口口に含んだならば、貴方は何と言うだろう。
眦に幾重もの皺を刻み付け、ほてりと厚い唇を綻ばし、美味いなあ と綻ぶ笑顔が瞼裏に鮮やかに浮かぶ。
三十路を越えた独り者
日々の食事も一人で食べる事も少なくない
だが、ふと訪れた旅先で見つけた美味いものを共に食べたいと望む相手がいる幸いにふと気付く至福の時。
後で酒の名前を女将に聞かなきゃね。
沸き上がる温かさを飲み込むように猪口を一口で飲み干した。
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