TOKIO

演技者

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信じらんねえよね ほんと。
そう笑いながらどさりとパイプ椅子に腰を降ろした山口に、城島は何やねんな 自分まで と、まだ僅かに熱を持った料頬をぱちりと叩いた。
朝ドラに出演のオファーが来たのだと告げたと同時に、大の男が四人も詰め込まれた小さな楽屋は、何を心配しているのか、大丈夫なの?と眉間に皺を寄せた四男を筆頭に、文字どおり蜂の巣を突ついたような大騒ぎとなった。
すごいっすよね、と以前ならば彫りの深い面立ちの奥、くるりと子犬のような眼を瞬かせて喜んでくれたであろう長瀬も、リーダー演技出来るんすか? とまるでどこぞの三男坊のような暴言を吐き、彼の師匠とも言うべき、三男は大きな眼を二、三度忙しく瞬いて、視聴率諦めたのかな。朝ドラ ととんでもない一言をぽつりと零した。
それでもまあ、ソレはメンバーおのおのが、長い間俳優としての仕事をしていない自分の事を心配してくれての言葉だと思えば、多少はありがたくもあり、同時に本気で心配される自分自身の事がやけに不安になってくる。本当にできるのだろうか と。
「だってさあ、茂子だよ茂子」
ひとしきり大騒ぎをすると、個々に仕事を持ち、譬え5人が集まっても撮影が終わると同時に次の現場へと足を向けなければならない忙しい弟たちは、ま、決まっちゃったものは仕方ないよね、せいぜい頑張りなよ と応援ともつかぬ言葉を残し各々の仕事場へと去って行き、すっかりと静かになった楽屋に残されたのは、元祖三十路コンビ、時にはその仲睦まじさを写し取ったかのようなCMの商品名から巷では『リ セッ タ』と称される城島と山口の二人だけであった。
「まあ、どんな仕事でも見てくれてはる人はおる言う事やね」
今日の仕事はこれで終わりとばかりに早々にコンタクトを外した城島が常に楽屋に置かれているポットのボタンをへこりと押して紙コップ二つに湯を注ぐ。
途端に室内に立ち昇る湯気に薫るは、ほろ苦いような珈琲と、なんとも心地よい緑茶の香り。
ほれ、と差し出された珈琲入りの紙コップとクリームを両手で受け取りながら山口が、まあ、確かに貴方の演技は昭和ってあたりは間違ってないだろうけどさ と眼を剣月のように細めた。
「それも嫌やけどなあ、まあ、正直トレンディドラマが来ても困ったわな」
今回のドラマ出演への決め手となったというその柔らかな関西弁と穏やかな笑みを浮かべた風貌をちらりと見上げて山口は僅かに眉を寄せた。
「でもやっぱり貴方を選んだプロデューサーは見る目がないよ」
「ほんまなんやねんな」
ふうと態とらしい溜め息を一つつきながら、行儀悪くも片肘をついた城島が僅かに眼を眇めて目の前で熱い琥珀の液体を啜る男の横顔を睨み付けた。
「ドラマせぇて、ライブで言うたんは自分等ちゃうんかい」
今年の春先、TOKIOがもっともTOKIOでいることのできるライブの舞台上で、リーダーはいつまでたっても『はぐれ』しかないからさ といつものように嬉々として自分の話題で盛り上がっていたMCを引き合いに、城島がぷっと片頬を膨らませてみせる。
「でもさ、父親だぜ?父親」
ふっと吐き出した息に、たゆるような湯気が哀れな程に霧散する。
「お互い子供の一人や二人、嫁さんの一人や二人おってもおかしない年やん」
「でもさ」
と反論した山口に、嫁さん二人は否定せんのかい と城島は苦笑を零した。
「優しい昭和の父親なんて、全然貴方の柄じゃないじゃん」
ライブの時の自分を振り返りなよ とじとりと細められたままの眼。
「柄てなあ、僕かて子供ができたらちゃんと」
「無理」
父親っぽくと続くはずだった言葉を、一言の元にばっさりと切り捨てられて、城島はあからさまに眉を顰めてみせた。
「無理だよ、メンバー内で一番貴方の私生活見えねえのにさ」
そんな男に子煩悩な父親なんてやれるわけねえじゃん と言い募る山口の表情に、城島はいぶかしげな表情を浮かべると、伺うように山口を覗き込み、あれ? とほんの少し目を開いて目の前の男の顔を見直した。
この男は他のメンバーのように自分をからかっているのはないのではないか と。
「音や詞の事考え出したらすぐ没頭して周りが見えなくなって、好きなのは仕事で、一人の時間が好きで、人肌の温度だって、貴方、メンバー以外苦手のくせして」
そんな貴方がメンバー以外の誰かの家族役なんて、無理に決まってるじゃん と拗ねたような口調が城島の疑問を確信に変える。
「ぐっさん」
それでも、僅かに怒りを孕んだ強めの声でその名を呼べば、ごめん わかってる と頼りな気な小さないらえがぽつりと返る。
さっきまでよりも僅かに垂れた頭、頬に落ちる稜線の影の見慣れた長さ、きゅっと噛み締められた唇。
誰よりも、そう、今では己を生み育ててくれた家族よりも長く共に生を生きて来た相棒の、どこかおいてきぼりにされた子供ような表情に城島の頬がほろりと綻んだ。
「誰が雑誌で叩かれようと、誰と噂になってもさ、俺たちはずっとこのまんまだって心のどっかで思ってた」
安心してたと、力のこもった掌の中で歪んだ紙コップがかしりと悲鳴を上げる。
「なんかさ、現実突き付けられた気がして」
恐かったんだ と溢れた小さな声に城島は阿呆やねところりと笑う。
「誰が結婚したかて、恋人ができたかて、僕らがTO KI Oや言うんは変わらんやん」
うん と声にせずこっくりと頷く仕草に、城島は無意識のうちにそのつんと立てられた髪に指を絡めていた。
「僕、私生活と仕事は混同せんで?」
「知ってる」
仕事の現場にプライベートを持ち込み、公開の場で、リーダーである城島を『シゲ』と呼んでしまう自分とは違う。
でも、
「そしたら、一層貴方の事が見えなくなる」
くしゃり
末っ子相手によくする所作で、相棒の髪を掻き混ぜて。もう一度阿呆やねと柔らかい口調が言葉を綴る。
「嫌なんだ」
ん?と問いかける温もりに、ぽろりと零れるは心の襞に隠された本音。
「TO KI Oでいたら、貴方の中で、俺たちの居場所は一番でいられる」
ずっとそう信じて、疑いもしなかった。
「なのに、TO KI O以上に貴方の心を占める存在ができたら、俺たちは貴方の一番じゃなくなるんだ」
バカバカしい?軽く小首を傾げて振り返った山口が遣る瀬ない笑みを浮かべて城島を見る。
「おん」
ほとりと落ちる小さな笑みは、アイボリーに揺らめく光に透き通り、触れそうな鼻先が薄紅に染まる。
「僕の中で、自分等の居場所は誰にも奪えん」
仕事をしている時間が好き、曲が浮かぶ瞬間が大切、でも、と城島は母が愛し子にするように、ことりと山口の額に自分の額を押しつけた。
「TO KI Oとして、自分等と一緒に楽器を持っとう空間に立っとう時が一番大事で充実しとう」
それは、相手が誰であろうとも奪う事はできないと。
「シゲ」
「それにな」
すっかりとへたれた髪をきゅっと握り締め、揺れる睫毛に彩られた虹彩にふうわりと琥珀の瞳が映り込む。
「こんなでっかい子供が四人もおるんやで」
それで手いっぱいで当分結婚なんてできんわ とからりと笑う城島に、山口は照れたように瞼を伏せると僅かに赤くなった鼻先を指で擦った。
「って、言うぐらいできないと、やっぱり俳優業は無理じゃね?」
不意に、上げられた満面の笑みが綻ぶ花よりも淡い笑みをひたりとその場で凍らせた。
「やまぐち?」
呼びかけに答えることなく、がたりと椅子を引いて立ち上がると、そのまんま呆然と自分を見ている真ん丸に瞠かれた眼の持ち主の肩をぽんと叩いて。
「さ、俺等も帰ろうぜ」
「ちょぉまて、自分」
部屋の端に残されていた二人分の鞄をひょいと取り上げる。
「メシ、行こうぜ」
さっき、食い損ねたからさ と振返った山口に
「お、それええなあ」
城島もにまりと口端をあげる。
「貴方のドラマ復活を祝して、シゲの奢り決定!」
「ちゃうやろ、祝いやったら、自分の奢りちゃうんかい」
扉を押し開けて、ひょいと体半分廊下に出して。
「ホールインワンは、出した方が一緒に回ったメンバーに奢るんでしょ」
なら、貴方の奢りに決まってんじゃん と山口が眼を細めた。
「ほな、僕のドラマはホールインワン程の確率なんかい」
めしめし、何食おうかなと両腕を勢い良く振り上げながら前を行く山口の背に、城島もふわりと笑みを浮かべながら並ぶと、どちらとも笑みを零した。
「ぐっさんって演技派だったんすね」
ばたん、とワンテンポおくれるように閉まった扉の裏側で、床にしゃがんだままの姿勢で長瀬が知らなかったっすとぽつりと零した。
「ぜってぇ嘘だ」
「嘘なんすか?え?どっちが嘘なんすか?」
その言葉に国分が大きな眼をあからさまに歪めて、長瀬を見上げると、聞くなと小さく呟いた。
城島に対する言葉が嘘なのか、それとも、演技だったと言う事が嘘だったのか、どちらにしてもあまり嬉しくはないと思ってしまうあたり、微妙に複雑なのだ。
「あの二人の行動を深く考えると莫迦を見るからな」
はあ、ともう一度深いため息をつくとさっさと帰らなかった自分達の行動に浅からぬ後悔に苛まれながらも、国分は、それを振払うかのように軽く頭を振った。
「俺等もメシ食って帰るぞ」
よっしゃあ と気を引き締めるようにぱんと尻を叩いて立ち上がった国分に うっす と続いて立ち上がったタイミングを計るように長瀬の携帯が、ぴぴぴっと小さな電子音を立てた。
メールメールと携帯を開く長瀬を背に、国分は鞄を取り上げゆっくりと伸びをする。
そう、何処まで本気で、何処まで冗談か、それさえも曖昧で、実はどこまでも真実だったりする上の二人の行動など、所詮凡人の自分にはわかるはずもない。まあ、隣にのそりと立つ天才的な天然思考の男は知らねえけどな。
「太一君」
「どうした。メシ食いに行けなくなったか?」
何か急用でもできたかと差し出された携帯の画面を訝しげに覗き込んだ。
『長瀬〜、太一と二人ヒマやったら、おっちゃんらとメシ食わんか〜 byシゲちゃん
ps.場所はいつもの居酒屋な 山口 』
「やっぱ、リーダーとぐっさん、すっげぇっすよ」
俺らいるの知ってたんすね、と目を綺羅綺羅させて振返る長瀬を、国分がぎろりと睨み付けると
「おら、さっさと行くぞ。あの二人が出来上がってから行ったんじゃ、どんな目に会うかわかんねぇからな」
ぐいと、自分よりも頭一つ分以上高い位置にある長瀬の耳を引っ掴むと、足音も高く人気のない廊下をどかどかと歩き出した。
やはり、あの二人は判らないと思いながら。
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