すごいっすよね
ほんのりと温かな日射しに包まれた縁側で、蕎麦殻で入れた茶を啜る城島が、傍らで同じように湯飲みを弄ぶ末っ子の横顔を不思議そうに見上げた。
「何が凄いんや?」
「自然の力って凄いじゃないですか」
切れ長の眼を大きく見開いた嬉し気な表情に、城島もつられるようにほろりと微笑を浮かべる。
「ん?」
「この間ね、見たんすよ」
太一君のTV。
単語だけをぽつりぽつりと綴る長瀬の言葉はあまりに端的で、うん、城島は急かす事もなく小さく頷きながら先を促す。
「そしたらね。こう大風、台風の風がどおって」
両手で大きな弧を描く姿に、ああ と小さく笑う。
「自分が言うとるんは、ちょっと前の太一がやっとった女子アナの番組やな」
「そう、そうです」
膝の上に下ろした湯飲みをゆうるりと揺らしながら、城島は縁側の少し先で小さな莟を膨らまし始めたサトザクラに視線を向ける。
「大きな木がぼんぼん倒れてて、それを起こしてる横からまた木が倒れて来るんすよ」
すごいですよね。こ〜んなに大きな木なのに。
ほんの少し興奮気味に語る口調は、子供が秘密を見つけたような素直な驚きに満ちていて、聞いている者の不快感を誘うものではけしてない。
「僕も見とったよ」
だが、反して、返された城島の声はどこか冷たく静かに聞こえ、長瀬は目をぱちくりと見開いて、いつもなら微笑を浮べながら話を聞いてくれる人を見下ろした。
「リーダー?」
「確かになあ、あれは凄かった」
「でしょ、どど〜んって」
「なあ、長瀬、あの桜を生返らせようとした時の事覚えとうか?」
「え?何ですか。急に」
「覚えてへんか?」
ほんの少しだけ考えるように傾げた小首は、次の瞬間大きく頭を振って、覚えてますよと答える。
「桜の根っこ、生返らせようおもて、竹の筒に水入れて土にさしたり、肥料を巻いたりようさん色んな事したなあ」
「はい」
そん時な、と細められた眼差しはどこまでも優しく、広がる蒼い空を背にひそりと佇む桜木を映し込んでいる。
「あの小さな背丈の木の根っこがすごい土中に広がっとたやろ」
こくりと頷く幼い仕種に、頬を綻ばし、怒っとうんちゃうからな と口角を緩める。
「あんな、あの小さな木が生きようおもたら、地上に伸びてるだけの背丈と同じ長さの根が地中に張るんが普通や」
せやけどなあ、画面に映った木の根は、太く逞しい幹からちょろりと伸びただけのあまりに哀れな姿だった と一つ深い吐息が溢れた。
「長瀬が片足で立っとう時に僕がぽんって飛びついたら自分転けるやろ?せやけど、両足でしっかり踏ん張とったら僕がどんって飛びついても長瀬はびくともせえへん。それと同じやねん」
天災だ、自然の脅威だと叫ぶその傍らで、倒れ行く自然の木々のあまりに不自然な姿を晒す。
雨が振り、崩れて行く濁った濁流も、大きく聳え立つ木々の根がしかりと大地に伸び、張巡らされていたならば と思う。
土を知り、命を知り、はじめて、そこにある自然の環を教えられた。
「もし、あの大きな木が、コンクリートの町中やのうて、この村の桜みたいに十分に根を張る事ができとったらあの木は恐らくは倒れへんかったやろ」
天災と人災は紙一重、否、天災の根に敷き詰められた人災の根。
緑化と叫び、屋上に緑を生やし、石の上に木を植える。
だが、それでは土に命は宿るまい。
城島は、爪の隙き間に入り込んだ土の欠片を掌の上で転がすようにその温もりを握りしめる。
「僕らは小さくて、あんな映像見てもなんもでけへん」
けど、せめて、この村は自然のままにあって欲しいなあと立ち上がった。
この村の痩せていた大地に巻いた小さな種から幾百もの実りが育つように、自然のままにある村を見て、誰かの庭のように小さな場所からでもいい 木々の姿があるがままに、芽吹いた緑が健やかに伸びてくれたらええのにな と、まだ、座ったままの長瀬を振り返った。
「そうですね」
じゃあ、取りあえずは と長瀬も城島の隣に並ぶように立つと、天に届く程伸びやかに手を伸ばす。
「せやね、取りあえずは」
小さな種を蒔く為の大地を耕そう。
どんな小さな事からでも、いつか大きな花が咲くから、その為にしかりと根を張る土壌を作ろうと。