香りもなく、鮮やかなる花弁も持たぬ花があるという。蜜さえ持たぬ儚き花は、どこか、この村に似ているとふと空を仰ぎ見た。
緩やかに流れる風にも、思わずきゅっと首を竦めてしまう、そんな容赦ない冷たさに自然と一枚余分に羽織っていた上着の前を掻き寄せる。
大阪でも、先日霜が降りたとニュースでみたけれど、とそここに消え残る根雪の姿に頬を綻ばした。
足下の土は、霜、ではないだろうが、踏み付ける度に乾いた音を立てては無惨にくずおれて、けなげにもその横で根を張るように浅く黄色い朽ち葉がそれにハモるようにかさりと音をたてて哀れに落ちる。
「今年もいろいろあったね」
そう、傍らで伸びをするのは、今年一人ではじめたレギュラー番組が半年あまりでゴールデン進出という快挙を成し遂げ、今もスペシャル番組の撮影などで、忙しい と文句を言いながらも画面の中では幸せいっぱいに弄ばれている男だ。
「せやね」
そんな忙しない中、今年も村では新たな命が3つ誕生し、そして奇しくも3つの命がこの大地から姿を消した。
そのうちの一つは、と城島が無意識のうちに振り返った先にあるのは、主を亡くし、やけにがらんとした山羊の小屋だ。その前を八木橋の忘れ形見であるさくらこが、とととっと軽やかな足で草を踏み、柔らかそうなピンクの舌で萌え残る草葉を食む。そのどこか温和な姿にこれも命の連鎖か と、ひそりと思い、ほとりと細めた眼を彩る睫がふるりと揺れる。
「8年だってさ」
まじ、よく続いてるよな、慣れた手つきで、作られて、まだそれほど経っていない窓ガラスを拭き、そのやんわりとした彩りが生み出す光の渦を受け止めて、どこか満足げに小さく頷いた。
「頑張っとうなあ」
「だよね」
小さく頷くと、休憩がてら散歩でも行く?と土につけていた膝をタオルでパンと一つ叩くと、ゆくりと立ち上がった。
確かに、頑張っているのだとは思う。一つの番組の中に組み込まれた一つの企画を続ける時間としては、ある意味破格に長い時間を費やしていることだろう。
だが、どれほど時を経ようとも、DASH村というこの村が、地図に乗ることは未来永劫ありはしないと誰もがわかっていることだ。
役場と称される人気のない建物の前、石の水場の上でプカプカ浮かぶ小さなプラスチックの黄色い村長、この村で、ただ一人の村人は、2〜3年でその仕事を終え、また違う誰かが村人と称して、当然の顔をして新たに畑を耕すのだ。そこに人の連なりはなく、あるものはただ、ぷつりと切れた鎖の輪。
大地からの実り、降り注ぐ太陽、覆い繁る里山の木々
どれ一つをとっても、触れることができる現実であり、確かにそこに命の熱をこの手で感じることができるのに、ここは現実には存在しえないねじれの村。
「DASH村はどこにあるの?」
だから、誰かに聞かれる度に、「自分の心ん中にあるんですわ」そう答えているのは、強ち嘘ではないのだ と城島はくっと口角を歪めるように小さく笑う。
「来年はさ、新男米、もっと穫れると良いね」
水を抜き、茶色くかさかさに干上がった田圃の畦を器用に歩く男が、くるりと振り返り、明日を描いて夢を語る。
「せやね、そのためには早めに土の改良もせんとあかんかもしれんな」
そして、返す言葉もどこか空々しくて、手の中にはらりと落ちる行き場を失った枯葉をぎゅっと握りしめた。
大地を耕し、無農薬農法で作物を作り、電気すら通っていない昔、そう、人が思うよりも然程遠くない過去に日本のそこかしこに垣間みられた懐かしき生活がここにはある。ある意味、最先端とも呼ぶべきエコロジーな生活は、横を振り返れば24時間設置されたカメラがそこここで生物たちの息吹を追い掛け、撮影のために、太陽よりも熱く強い光を植物に当てる。
ああ、ほら、ここにも歪んだ位置の村の姿が存在する。
生まれてたった8年の小さな村、メンバーの誰かが将来は村を買い取ってそこで老後の生活も楽しいよね、そういって笑っていたけれど、数十年後、ここにはその誰かが望む村の姿などどこにもありはしない。あるものは、8年前に城島自身がこの目で見た、荒れ果てた大地に、ただぼうと生えるのは緑の木々、そこに人の住う場所はない。
番組によって生まれた村。
そういうことだ。
ああ、それも当然と城島は空を見上げる。
「今年の年越しは寂しいよな」
まだ、年を越えるまでには、幾日も、いや、両手を越える以上の日にちがある。それでも、年末には毎日のように歌番組の特番があり、年始のスペシャルを撮影するために羽織袴を纏うて、そこここのテレビ局を走り回る日々。
それを見越してか、今年は年末のスペシャルもなくて、いつもメンバーの誰かが作っていた注連縄も、門松も、今年は自分達の手では作ることはない。仕事の忙しさを喜ぶべきか憂えるべきか。否、これも仕事の一環でしかない。
「せやねぇ」
「八木橋もさ、いなくなっちまったし」
彼がなくなる場面をテレビの画面で、視聴者のように彼の死を見た。事前にスタッフから聞いていはいたが、その映像の中に自分達の悲しみはそこにはない。不思議なことだ。村との付き合いよりも長く、彼とは時を過ごしてきたのに。
子やぎたちの死を下の二人に伝えた時、返ってきたのは言葉は「そっか、かわいそうなことしたよね」顔も見ていないと、ほんの少し眉をゆがめていた彼と、泣き崩れていた安部。そのあまりの対象の差に、笑い出してしまいそうになる。
自分達の手で生まれた村。
当然だ。テレビの中で作られた偶像でしかないTOKIOの手によって生み出された村なのだ。そこに、現実などありはしない。
「来年も無事に分蜂できるかな」
里山に近い、井戸のそばで、くるりと振り返った二人の視界に飛び込んできたのは、稲が刈られ茶色く乾いた土を見せる田圃や、葉をすっかりと落とした果樹園の木々。黒々とした土が大地を覆い、数カ月前に見た、鮮やかな命の色はどこにもない。
「花、たくさん咲くかな」
また一つ、 明日を語る男のどこか楽しげな口調に、城島はほとりと眼を細め、その横顔をゆっくりと見遣った。
「心配せんでもすぐ咲くて」
「そう?」
おん、とこっくりとうなずいて、小さく笑う。後数日もすれば、この大地を覆うように咲き誇るであろう真白き花の美しさを思い、奇麗やで きっと と。
「この村に一番ふさわしい花かもしれんなあ」
どれほど美しく咲き乱れようと、見るものの心を捉えようとも、虫を誘う香も持たず、命を育む房もない、儚き花不香。
それは、どれほど長く続こうと、人の目に触れようとも、未来に連なる命の連鎖を持たぬこの村の姿に似ているのだと。
「それってさあ、どんな花?」
「ん? 花不香いうてな、雪華のことや」
ああ、六花とも言うわなあ、そうおっとりと答えた城島に、
「貴方ってさ、相変わらず変なことばっかり知ってるよね」
雪で良いじゃん と口端を歪めて、苦笑を浮かべて。
「けど、奇麗な言葉やろ」
「はいはい、っと」
ふと手のひらに落ちた雫に、山口は、振仰ぐようにどんよりと曇った空を見上げた。
「って、やべぇ」
つとまぶしさに細めた眼に映る、光を背に帯びながら、影を落とすように降ってくる雪の姿に、山口は、言葉とは裏腹に嬉しそうな声を上げる。
「明日には、満開かもね」
「寒いはずやわなあ」
「ほら、さっさと戻るよ」
とろいんだから、貴方は と踵を返した山口に、城島は、つれてきたん誰やねん と軽く頬を膨らませる。
「今年はたくさんの花が咲くと良いね」
ほら、と差し出された手を掴むべきか 避けるべきかとことりと小首を傾げた城島の、右の手首をぐいとつかみ取ると山口は、自分の首に掛かってたタオルを城島のたてられた襟の上からぐるりと巻き付けて。
「雪か?」
「そ、雪が少ないと大地に水が足りなくて、湧き水も枯れちゃうしさ、山の木々だって眠れないからさ」
来年はすごく良い春が訪れるよ と。
どこまでも前向きな男の言葉に、城島は、相づちを打つのを忘れてそのうれしげな横顔を思わず注視する。
「良い春が?」
「くるでしょ?」
こともなげに、そう言い切る男に、二三度瞬きを繰り返し、ああ、そうだと良いと城島は、やんわりと微笑をこぼす。
香りも蜜も、鮮やかな色さえも持たぬ小さな雪華。
だが、その朽ちた花弁はゆうるりと大地に染み渡り、次の春の礎となるのだ。
「せやね、来年も、良い年とええ春が来るな」
未来の大地に何も残さぬ夢幻の村。
だが、この村の姿を見た誰かの心に、その映像はゆうるりと染み込んで、新しい種子を生み出す息吹となるのだと、城島も、また、しんしんと降り積む白き花を両手で抱きしめるように受け止めた。