じゅくじゅくじゅく ひょいと超える小さな溜まりの面に映る小さな小鳥 じゅくじゅくじゅく 途切れる事ない囀りに、重なるなく羽ばたくその羽音が響く。
ああ、と思わず止めた足に、前をゆく相棒が小首を傾ぐように振り返った。
ああ、と思わず止めた足に、前をゆく相棒が小首を傾ぐように振り返った。
「奇麗なて思うて」
こたえた言葉はただそれだけ。
降りそぼる雨の狭間。どんよりとした曇天から刺すように溢れた光の筋に、絡む青さは遥か空。
「そうだね」
どれほど澄んだ青に恋い焦がれ、この指先を伸ばしても、決して届かぬ果ての空。
「遠いな」
ぽつんと溢れたのは吐息よりも浅い、かすれたような小さな言葉。
届かぬ心の、それでも焦がれる想いの残滓。
「遠いね」
まるでこの空のようだと城島は小さく呟いた。
そこにあるのが当然で、仕事で訪れるには中途半端なその距離に、時には、行きたくないと思ったことがない とは言えぬ原風景。
「失ってから気づくなんてアホやね」
あの場所がどれだけ自分にとって大切な場所だったか。
「大丈夫だよ。失ってないから」
まだ、と続いたその言葉に、はじかれたように城島は顔を上げた。
「取り戻そうよ」
俺たちがさ そう呵々と笑う笑顔は、濡れた大地を照らす陽光のようだと口角をほころばす。
「せやね」
「取り戻して、この手で、またはじめればいいじゃん」
何もなく、ただ荒れた大地から始めた10年前のように こともなげに笑う男の横顔に
「男前やなあ 自分」
ほとりと落ちた言葉に、目の前の男は、微かに鼻を赤らめ、すんっとすすった。
「それこそ今更の台詞だよね」
男前に決まってんでしょ、と。
「やって、思わず惚れ直したで」
肩をわざとらしく落とすと、シゲさん と山口は柳眉を潜めた。
「ほれて直すってのはさ。元々俺に惚れてたってことなんだけど」
「せやね」
にっこりと返されて山口は、思わず絶句した。
「いつだって山口は格好ええしな」
思わず惚れてまうやろ とどこぞの芸人がよく言っていた台詞を言うと、城島はとんと水たまりを飛び越えた。
「ライブの時は別格やけど、他のロケでもいっつも格好ええやん」
特に、村での自分はなあ と続けて、自分の言葉に小さくため息をついた。
また、いつ会えるんやろうな、棟梁ぐっさんに と。
ふと途切れた心の狭間に、瞼に映るは、村の家。 何をしていても思い出すのは、稲の緑。
まるで、恋を知ったばかりの少女のようだ。
届かぬ指先に息が詰まり、たゆる想いに鼻腔が熱くなる。
どうして、とも言えず、何故 とも聞けず、ただ思うのは愛しき故郷。
誰もが同じ、はがゆい想いを抱いているのだろうかと。
「大丈夫だよ」
肩を覆うぬくもりに、城島はすぐ近くで聞こえた声に、え、と小首を傾ぐ。
「大丈夫か?」
「どんなに大変でもさ、やって出来ないことはないでしょ」
それを俺たち自身が今まで、体験してきたんじゃん。
「あのロケで」
「そっか」
だからさ、と山口がゆるりと柔らかな笑みを浮かべた。
「一緒に帰ろうよ」
いつか、必ず、あの場所へ。
「そやね」
遠い、そう、今は、アメリカよりもオーストラリアよりも遠くなってしまった故郷に。
皆で帰るのだ と、城島は、ゆっくりと晴れ行く空を振り仰いだ。