TOKIO

花灯りのその下で

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頬を滑る甘い風。

髪に絡む空気は、ほのりとした暖かさ。

人気のない小さな公園の片隅で、濃密なまでの紅にゆるりと染まり始めた枝葉の春。

後、幾日もすれば、頑なまでに小さな蕾も膨らみ始める事だろう。

 

 

 

 

バイト先の売り物であるドリンクに突き刺したストローを銜えながら、頬杖をつく。

ぼんやりとした目の前ではくるくると立体映像のアイドルが華やかな色をあたりに巻き散らすように跳ね回るライブ映像を見ていた長瀬が、ふと顔を上げた時だったろうか。

ゆっくりと開かれた自動ドアをゆっくりとくぐり抜ける人影に、眠りかけであった瞳がぱちりと瞠いた。

そんな長瀬の視線に気付く事なく、辺りを伺うように入って来たのは、無地のTシャツらしい服の上にチェックのシャツを無造作に羽織っただけの男の姿。

きゅっと括ったほんの少し長目の襟足を鳥の尾のように跳ねさせたまま、居心地が悪気な面持ちでこりと頬を掻きながら、棚に並べられた弁当を僅かに背を丸めながら覗き込む。

その拍子に僅かにずれた細い黒フレームの眼鏡をきゅっと押し上げる指先の仕草がやけに繊細に映る。

「すっげえ」

男の一挙一動を粒さに見ていた長瀬が思わずと言った体で大声を上げる。途端に、声の主よりも若干薄いだろう背をびくりと震わせた男が、きょとんとした表情でレジカウンターを振返った。

「な、何や一体」

思わず握った右手には真空パックの掌サイズのお握り弁当ともう一方には香ばしいシャケに似た塊が入った弁当。

それらをきゅっと握り締めたまんま、男は、ゆったりとした仕草で長瀬の方へと体を向ける。

「あ、すいません」

僅かに上がった眉に怒気と惑いを感じて、長瀬は思わずぺこりと頭を下げて謝った。

「脅かすつもりはなかったんすよ」

ただ、と力の隠った手の中で、ぷしゅうと気の抜けたような音と共に飛び散った薄いピンク色の液体に、目の前の男は今度こそ目を大きく瞠いて、次の瞬間けらけらと笑い出した。

「じ、自分、顔にジュース飛んでるで、早よ拭きや」

「え、マジっすか?」

慌てて取ったレジ横の汚れた布に、男は小さく頭を振ると自らのズボンのポケットから引っ張り出したハンカチを差し出した。

「これ使うたらええわ」

ひとしきり笑い転げた後、右手のお握り弁当をカウンターに置いた男はそのまま頬杖をつき、カードをリーダーに滑らせる長瀬をじろりと見る。

「なあ、何にそないに驚いたん?」

僅かな上目遣いと、剥れたような口元。そのどこか子供のような仕草は長瀬よりも随分と年上らしい男をどこか可愛らしくさえ思わせる。

「良かったら、ついでにここで飯食ってきません?」

何故か、このまま離れ難くて、片手の上でくるりと人の昼飯を振り回すと長瀬は、満面の笑みを浮かべた。

 

しゅんっと一瞬で暖められた弁当の蓋を開けながら、長瀬の座るカウンターの奥、所狭しと積み上げられた箱の隙まにきゅっと尻を押し込んだ彼が箸を手に、さあ、教えろと言わんばかりに長瀬を見上げる。

「だって、久しぶりっすよ、店に来て弁当選んでる人って」

慣れた手つきで、目の前に並ぶキー操作を続けながら長瀬は、首だけをくるりと回して振り返る。

その言葉に、二つに綺麗に割ったお握りの片割れを齧りながら男が訝しむように眉を顰めると、ここそんなに流行らんの? そう言ってくるりと引っくり返すのは手の中の弁当の賞味期限。

「違いますよ。それは今朝入ったもんだから全然大丈夫っすよ。ただ」

と言いながら、長瀬は今も操作中の傍らのモニタを指差した。

21世紀を数百年過ぎた今よりほんの未来。

誰も店に等足を運びはしない。

家や事務所にある端末に映る商品を指で指し示し、カードと指先を画面の上に翳せばそれで終わり。後はのんびり集配車を待つか、店まで取りに来るぐらい。わざわざ、商品を選ぶ為に店に来る人は多くない。

「そりゃそやなあ」

そう言うと今時としては珍しい程綺麗な箸さばきで豆を摘むと口に放り込む。

「僕もなあ、来る気はなかったんやけどなあ」

時間に追われる仕事柄、と窓の外を眺めるとそこにはほのりとした日だまりが広がる。

今日も時間がないのを言い訳にラボにある食堂に向かう事もせず、掌の上にざらりと広がった色とりどりのサプリの山に同僚が切れたのだ といとも情けなさそうな表情になった。

「たまにはお日さんに当たって来い いうてケツ蹴りだされたんや」

まあ、それやったら、昼飯でも買おうかな思て、と照れくさそうな表情でゆっくりとちいさな弁当箱の中身を確実に空にしていく。

「確かにいい天気っすよね」

ぽかぽかして散歩にはぴったりっすよ と細められた眼に、男のすぼんだ口がにこりと綻んだ。

「けどなあ、そんなんやったら自分店先に出とる必要性ないんとちゃうの?」

端末は個々の店舗と繋がったものが各社員の家にあり、それをネットで繋いでいるのだろう と不思議そうな面持ちになる。それやのに、わざわざ店に出てくるの面倒くさいやろうと。

「え〜、俺、好きっすよ、こういうの」

玩具箱見たいじゃないですか ときょろりと店内を見回した。

「それに、ほら、たまにお客さんみたいな物好きが来たりするんですよ」

完了〜とPOSシステムを終了すると、長瀬は封を切ったペットボトルの茶を、噎せるように喉を詰まらせながら昼食を鳥続ける男の目の前に差し出した。

ほんの少し眦を赤く染めながら、おおきになあ と申し訳なさそうにそれでもしかりと片手を差し出した男は、城島茂と名乗った。

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