翌朝。
「…知らない天井だ」
「知ってる天井やろ」
ぱかっと目を開けた達也がつぶやいた戯言に、近くにいた茂が突っ込みを入れる。
「シゲ。…ピザトーストは?!」
「『おはよう』よりもピザトーストの心配かいな」
茂の呆れたような声に、達也が「おはよ」と返した。
「おはよ。トーストは大丈夫やと思うで、多めに作ったし。それにまだ7時半やし。傾向と対策からいくと、長瀬まだ夢の中やな」
「よし、食いに行こう」
「先に部屋戻って着替えぇなもう…」
「…ん?そういえば俺、昨日こっちでだべってるまま寝ちゃったのか。ごめん」
「別にかまへんよ。僕としてはお前んちの明かりや空調が消えてたんかどうかは気になるとこやけど」
「…大丈夫…多分消した…はず」
「まぁええけども。顔洗って着替えてき」
「ん。待っててね」
「先に行って焼いといてとちゃうんかいな」
苦笑交じりの茂の声に笑顔を返し、急いで部屋に戻って着替えてまた茂の家に戻ると、すでに茂はドアの前で待っていた。
「お待たせ。電気も空調も大丈夫だった」
「そりゃよかったな。トーストと…コーヒーか紅茶か…」
飲み物どうしようかなと思いながら1階に降りると、何故かドアには「OPEN」の札がかかっていた。
「あれ?」
ドアを開けると、中からいい香りがした。
「おはよー」
ひょこっとキッチンから顔を覗かせたのは昌宏だった。
「おはよ昌宏。どしたん」
「いや、ちょっと早めに目が覚めたからさー、スープでも作るかと思ってきてたのよ。コンソメスープ作ったよ手抜きだけど。具はベーコンと玉ねぎと人参」
「ありがとー、コーヒーか紅茶かなと思っててん」
「コーヒーか紅茶も淹れるけどね。…お揃いで来るなんて仲良しさんだね。また兄ぃ茂君の部屋に泊まったでしょ」
達也を見ての昌宏の言葉に、達也がにぃっと笑って見せた。
「うらやましいか?」
「べっつにー?ちょーっとばかし甘やかしすぎじゃねって思わなくはないけどー?」
手早くトーストを2枚、トースターに放り込みつつ、昌宏が言う。
「昨日はうちの部屋で喋ってて、そのまま寝落ちたんよ。あまりに気持ちよさそうに寝てるから、そのまま放置して僕も寝た」
「放置とか言ってるけど、ブランケットかけてくれてたじゃん。ありがと」
「うちの部屋で寝させて、風邪でも引かれたら困るし」
さらりと言いながら茂は食器を準備していく。
「ねー茂君、俺もたまには泊まりにいっていい?」
「…わざわざ泊まりに来んでも、同じ建物やん…」
「いいじゃん。俺も茂君としゃべりながら気づいたら寝てたってやってみたい」
「別にかまへんけど」
それになんの意味があるのだろうと思いつつ、コーヒーをカップにそそぐ。
「松岡ご飯はもう食べたん?」
「これから」
「そっか。太一は?」
「まだ来てないよ。…っていうかあの人来るの?基本太一君朝は家じゃん?」
「昨日トーストは食べにくる見たいなこと言うてたで」
「…言ってたね。だからこんなに作ったんだよねトースト」
「あ、松岡俺2枚ね」
「だろうと思ったよ。とりあえず1枚食べてる間に次焼くから…焼けたよ」
焼けたトーストをひょいひょいと皿にのせて、カウンターに置く。
茂がそれを受け取ってテーブルに運んだ。
昌宏が自分の分も持ってくると、一緒にテーブルに着く。
「いただきます」
「スープうっまっ」
「おいしいなあ」
「コンソメ味は調味料の力借りてるけどね」
達也が2枚目のピザトーストを完食し(ついでにスープも当然のようにお替りした)、茂も食べ終わって部屋に戻るころ、太一がやってきた。
「おはよ。…スープもあるの?」
「早めに目が覚めたから、作ってみた」
「流石だなー。あ、俺自分でやるよ。お前も仕事あるだろ」
「ん。じゃああとよろしくねー」
「はいよ」
昌宏が部屋に戻り、太一が新聞を眺めながらのんびり朝食を楽しんでいると、どたばたとにぎやかな足音がして智也が飛び込んできた。
「うるせぇ」
「おはよーございますっ。トーストまだある?!」
「おはよ。昨日茂君と松岡が多めに作ってくれたみたい。まだあるよ。自分で焼いて食え」
「はぁい。あ、スープもあるっ」
「松岡が作ったんだってさ」
「へー。すぐにこんなの作れちゃうんすね、すごいよねっ」
「それ本人に言ってやれよ」
静かだった部屋が一気ににぎやかになったことに内心苦笑しつつ、それもそれでいいもんだよなと太一はのんびり朝食を食べて、智也の朝食に付き合ってやってから洗い物を済ませて部屋に戻る。
それから2時間後。
茂と昌宏がお昼の仕込みにやってきた。
「松岡仕事大丈夫なん?」
「大丈夫よーちゃんと計算してやってるから。茂君こそ大丈夫なの?」
「おん。それにエッセイのネタにもなるから、丁度ええんよ」
二人の手にはそれぞれ大きな籠に大盛りの取り立て野菜がある。
建物の周りを囲むように配置されている畑、それは貸農園などではなく、立派にここの畑なのだ。
おかげさまで旬の野菜はほぼ買わずに済んでいるといっていい。
5人それぞれが手すきの時に手間と愛情をたっぷりかけた野菜たちは、基本的にいつも豊作である。
「今日の昼飯は夏の最後の夏野菜天ぷらスペシャルにするか。素麺の残りもまとめて茹でて食い切っちゃおうよ」
「せやな。茄子は夕食に使うけど」
「夕食に使いきれないほどあるっての」
どさっとテーブルに野菜が入った籠が置かれる。
「キュウリはマリネにするか。夕飯に出そ」
「後さあ茂君、きゅうりの浅漬けも作ろうよ。天ぷらの箸休めに丁度いいでしょ」
「せやな」
とうもろこし、ピーマン、かぼちゃに茄子、獅子唐など、採ってきた野菜を手分けして下ごしらえし、次から次へと揚げていく。
大盛りのそうめんと大量の天ぷらが出来上がった頃、わらわらと上から3人が降りてきた。
「すっげーそうめん」
「夏の名残だな」
「なんでかぼちゃあるの?」
「…食べなきゃいい話じゃん。無理に口に突っ込んだりしないんだからさ」
「そりゃそうだけど。…錦糸卵何個分焼いたのこれ」
「ん?1パック丸ごと」
「…ほんと茂君たまに豪快だよね」
大量の野菜の天ぷらのほかに、素麺の薬味として千切りの大葉(これももちろん庭で採れた)、千切りのキュウリ(これももちろん以下略)、そして大量の錦糸卵がテーブルにどどんと豪快に並んでいる。
「これ昼だけで食い切れるかなあ…」
「食い切ろうとせんでええねん。残ったら明日のお昼が天丼になるだけやから」
「天丼か…甘辛いたれがいいな」
「夕食じゃないんすね」
「夕食は洋食やからな」
もりもりと食事を楽しんでいた5人だが、ふと茂がポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して、一瞬真顔になった。
「…今日ってみんな午後空いてるんやんな?」
「空いてるよー」
「なに、なんかあった?」
「うん、とあるお屋敷でお化け騒動が起きたって。どうにかしてくれってヘルプが来た」
「とあるお屋敷」
「人住んでんの?」
「お化け騒動のせいで住人が引っ越して、次の住人が決まらんねんて」
「へぇ…屋外?屋内?」
「両方やって。だから…みんな空いてるなら、全員で行くか」
「久々だねみんなで行くの」
「じゃあ昼飯食ったら行くか」
「昼食べてからやったら…」
茂が手早く検索する。
「食べ終わって片付けして軽く準備して、1時過ぎに出発かな。そしたら向こうに着くのは2時過ぎか。道路事情も考えて…2時15分頃に現地で待ち合わせってことにしておこうか」
茂がさくさくと連絡する中、4人はさくさくと料理を平らげていく。
「動くならあんまり腹いっぱい過ぎてもだめだしな。腹八分にしておこう」
「そだね。腹痛くなっても困るし」
「屋内も屋外もか…。俺どっちにしようかな」
「行ってみて決めたら?…ごちそうさま」
そうめんは綺麗になくなったが、天ぷらは残った。大量にありすぎるくらい揚げたのだ、残ってくれなければ困る。
5人で手早く片づけを済ませ、動きやすい服装に着替えてエントランスに集合する。
「ナビよろしくねシゲ」
「おん」
お茶のペットボトルを車に放り込み、5人が乗り込む。
達也が運転、茂がナビ。
「そしたら出発」
「はぁい」
のんびりとした雰囲気で車を走らせる。
道路事情は悪くなく、2時過ぎにはお屋敷に到着した。
屋敷の正門の前には、一人の青年が待っており車を見つけると「よっ」というように片手をあげた。
「全員で来たんだね~」
「たまたま全員空いてたからな。久しぶりやなイノッチ」
彼は井ノ原。昌宏の友人でもあり、不動産屋に務めている。そしてこういう案件があると、仲介屋として連絡係を務めてくれる。
「この屋敷…いつ頃建ったん?」
「昭和の時代だね。何度か改築繰り返してるけど、中は綺麗だよ。特に何かが起きたわけじゃないらしいんだけどね」
「別に事件なんか起きてなくても、土地柄によってはいろんなもんが寄ってくるよ」
家の周りを歩いて調べていた達也が戻ってきてそう告げた。
「なんか悪い通り道でもあるとか?」
「いや、ただ単に前の主が恨み買ってただけみたい。それがいろいろ呼んだんだろうな」
「恨み…買うような人に見えなかったけどなあ…」
「逆恨みってこともあるけどね。勝手に恨んでくるような奴、どこにでもいるだろ?幸せそうなのが気に食わないとか、うまくやってるのが気に食わないとかさ」
「あ~、そういう…変な奴に絡まれた気の毒な人か…」
「そっちの線が濃そうだね。ま、ちゃっちゃと片付けるよ。ちょうどいい腹ごなしになりそうだ」
そう言いながら達也が井ノ原に鍵を借りて、門扉を開く。
「…俺ここで待ってるねー」
「車の中で待っててもええよ~」
そう言って茂が車のキーを渡した。
「ありがとう」
井ノ原がそそくさと車に乗り込む。
茂たちは達也に続いて敷地内に入った。
お化け屋敷の噂のせいで手入れが行き届いていないのだろう、立派な庭なのにもの悲しさを覚えるくらいに庭があれている。
「片付終わったらちょっと庭手入れして帰る?」
「せめて雑草くらいは除いておくか」
「それ言うてたら家の中も片付けなあかんくなるで。…達也。外と中、どっちが多そう?」
会話に加わらず、敷地内を見据えていた達也に問いかける。
「中かな。外にはでかいのが多いけど、中にはちっこいのがうろちょろしてる」
「じゃあ松岡。打刀で頼むわ」
「わかった」
達也が茂に家の鍵を渡す。
「じゃあ、いこか」
「おうっ」
茂が家の鍵を開けた。
『ニンゲンキタ』
『ウマソウ』
黒い靄のような穢れがあちこちに見られ、くすくすこそこそとささやきあってるような声も聞こえてくる。
「…みーんなまとめて、綺麗にお片付けしてやるよ」
にぃっと笑った太一が手を伸ばす。
「『我が召喚に応えよ…厚藤四郎っ』」
その声に応えるように、太一の手元に光が集まると、一振りの短刀となった。
それを「見た」のか、靄がびびっと震える。
「さーて、いきますかっ」
太一がそのまま靄を切りつけると、面白いように靄が散っていく。
しかし、それに負けじと穢れが沸いて、茂に集ってきた。
茂はふうとため息のように息を吐くと、腕を伸ばして声を張った。
「『我が召喚に応えよ…鳴狐っ』」
先と同じように光が集まり、次の瞬間にはその手に小ぶりな刀が握られていた。
「今日もよろしくな」
茂はそう声をかけると、自分に集ってきた穢れをざくざくと切り裂いていく。
昌宏にもぶわっと穢れが集っていたが、しばし考えていた昌宏は「数多いねえ…」と呟き、腕を伸ばす。
「『我が召喚に応えよ…歌仙兼定っ』」
昌宏の声に応えるように、その腕に光が集まる。
その号を聞いて茂が思わずというようにつぶやいた。
「おいおい、歌仙って本気やん」
「また物騒なの呼んで…」
「あんたらだって似たようなもんでしょうがっ」
そう叫んだ昌宏の手には、一振りの打刀。
くるりと回りながら刀を振ると、昌宏に集っていた穢れが一瞬にして消えた。
「よろしく頼むぜ」
「よーっし、全館大掃除やっ」
「「おうっ」」
触手のように伸びてきた穢れを切り払い、どんどん奥へと進んでいく。
一方外にいた達也と智也だが。
「…まじでっかいっすね」
「薙ぎ払うのがいいか突くのがいいか…」
「うーん、でも太郎さんで祓うと、俺うっかり庭木もやっちゃいそうなんだよな…」
「やめろよ?!庭木も大事だからなっ」
「わかってますよ…じゃあ…『我が召喚に応じよ日本号っ』」
智也の呼びかけに応じ、現れたのは美しい倶利伽羅龍の彫り物が入った槍だった。
「よろしくっ」
「お前日本号さんで庭木突くなよっ」
「わかってますってばっ」
ずううんと圧迫感を感じさせるでかさの穢れを、智也が突いては引き、突いては引きで少しずつ削っていく。
「連日悪いけどよろしく…『我が召喚に応えよ、石切丸っ』」
達也の呼びかけに、大ぶりな太刀があらわれた。
昨日もザクッズバッと穢れを祓った石切丸である。
「よろしくっ」
しっかりと両手で構えると、達也も智也が突いている穢れに向かって石切丸を振り下ろし、ざっくりと削っていく。
茂たちは一部屋ずつ順番にお片付けを済ませ、一番奥の部屋までやってきた。
「こいつが本丸っぽいな」
「そだね」
ドアの隙間からちらちらと靄が漏れている。
3人は顔を見合わせると、一気に扉を開け放した。
「うわっぷっ」
「すっげー密度っ」
「茂君っ、集られてるっ」
ぶわっと集ってきた靄に茂が一瞬包み込まれるが、ザクッと鳴狐を振るうと、その周りの靄が晴れた。
「削るしかないかあ…」
「屋内でこれ以上大きなもの振り回すわけにもいかないしね」
「表やったら達也たちに任すんやけど…っ」
ざっくざっくと穢れを切り裂いていく。
切られた方は、すぅっと溶けるように消えていくのだが、これが最後とあってかなかなかしぶとい。
目を凝らすと、中央部分が特に濃い。
外側をちまちま削ってても時間かかるだけやなと考えた茂が、ぐっと鳴狐を握る手に力を籠める。
「…参るっ」
気合を入れて、腹に力を籠めると、一気に鳴狐をその中心部に突き立てた。
ノォオオオオオ…っ
断末魔のような叫びが上がり、突き立てたところから嵐のようにぶわーっと靄があふれてくる。
「そこかっ」
昌宏も歌仙兼定を正眼に構えると、腹に力を込めて一気に踏み込み、その中央部に思いっきり刃を立てる。
グワァアアオオオウウウ…
さらに重く悲鳴が響く。
太一はリーチが短いので、中に踏み込むよりも、外側の靄を切り払う方に注力した。
「ていやっ」
「それっ」
昌宏と茂が思い切り続けて刃を振り下ろすと、今度こそその穢れがはじけて、それからすうっと溶けるように消えていく。
「よしっ」
「あがりっ」
念のためにすべての部屋を見て回るが、中には穢れは残っていないようだった。
「よし、中はお掃除完了っ」
「外に出るか」
3人が念のために刀を手にしたまま、表に出る。
外に居るでかいのは、ぬおおんと立ち上がった熊のようなシルエットだった。
「昨日ザクッてやったやつよりでっかいなあ」
「そうかそうか」
どことなく気の抜けるような会話をしつつ、達也と智也がザクズバと切り裂いていく。
しかし、中に居たのと同様、中心をたたかなければ消耗戦である。
「…長瀬。わかるか?」
「なんとなく。胴体のど真ん中っすよね」
「おう。槍の特性を活かして貫け」
「はぁいっ」
智也はぐっと両手に力を込めて日本号を構えると、「でやぁっ」と気合を入れて一気に踏み込み、その中心部、一際濃く集まっているところを目掛けて突いた。
「あっ」
その近くを貫いたものの、本体を突くには至らず、智也が悔し気に表情をゆがめる。
「くっそっ」
「智也一瞬引け。行ってみる」
「うんっ」
達也に言われて智也が数歩後ろに引いた。
後ろに引きつつ靄を切り裂き、相手にダメージを与えるのは忘れない。
「…そこだっ」
達也はしばし相手を観察し、呼吸を整え精神を集中させると、一気に踏み込み石切丸を振り下ろす。
それは狙いたがわず、一際濃い中心部分を真っ二つに切り裂いた。
ヌオォオオオオオ
おどろおどろしい怨嗟の声が響くが、二人とも特にダメージを負うこともなく、厳しい表情で穢れを見据えている。
「もう少し、だな」
「そっすね」
「くっつく前にたたくか」
「はいっ」
達也が切り裂いたことで二つに分かれた中心部が、ふるふるとまたくっつこうとしているのを見て、そうはさせじと二人がそれぞれを切り裂いていく。
そのたびに恨みがましい声が響くが、二人ともそれを完全に聞き流した。
「とどめだっ」
「くらえっ」
最初に比べると、バランスボールほどの大きさになったそれを、達也が真っ二つに切り裂き、智也が真ん中をきれいに刺し通した。
グオォォオオオオオォォォォォ…
怨嗟の声が小さくなり、消える。
同時に重苦しかった空気が、軽くなった。
「よし、終わったかな」
「お疲れさん。中も終わったで」
外に飛び出してきた3人は、ふわふわとこっちに漂ってくる穢れを切り裂きながら二人の様子を眺めていた。…手を出すまでもないなと判断したのもある。
「一応玉、集めてきたよ」
昌宏が散らばっていた玉を集め、達也に手渡す。
「結構いたんだな」
「ぐっさん、こっちのも」
はい、と智也が少し大きめの玉を手渡してきた。
「今度実家に帰るときにまとめて持っていくよ」
達也はそれを受け取り、文様が織り込まれたきんちゃく袋に入れた。
そして5人そろって屋敷の敷地を出る。
車の窓をコンコンとノックする。
井ノ原は車の中で居眠りしていたらしく、ノックの音に飛び起きた。
「わ、びっくりした」
「びっくりしたじゃねぇよ。お前俺らが頑張ってるのに寝てんじゃねぇよ」
昌宏がかるく井ノ原の額をつついた。
「ごめんごめん。いやー、ここ居心地よくてさー」
言いながら井ノ原が車から降りてきた。
「で、どうだった?」
「うん、中も外も綺麗にお掃除してきたよ。流石に庭掃除までする元気はなかったわ。ごめん」
「いやいや、“普通の”お掃除はそれ俺らの仕事だから。変なのは全部追い払ってくれたんだよね」
「追い払ったっつーか切り払ったって感じだけど、全部お片付けはしてきたよ」
「よかったー。一応確認するね」
「一緒にいこうか?」
「よろしく」
昌宏と二人で家の中を見て回る。
最初はびくびくしていた井ノ原だが、表に出てくるころにはにこにこ笑顔に戻っていた。
「いやー、すっきりしたわ。今の状態見たら前が空気よどんでたっていうのよくわかるわ」
「すっきりしたやろ」
「うん。これでクリーニングお願いできるよ。ありがとね。報酬はいつもと同じでいいかな」
「おん。じゃああとはよろしく」
「ん、ありがとー」
いたって軽いやり取りではあるが、いつものことである。
上機嫌で手を振る井ノ原にこちらも手を振り返しながら、来た時と同じように達也の運転で家に戻る。
「ちょっと疲れたねぇ…」
「おなかすきましたっ」
「今日こそずんだバームクーヘンを出すか」
「ちょっと疲れたから…一休みして夕食の支度する?」
「せやな」
駐車場に車を止める。
「じゃあまた後で」
それぞれが部屋に分かれていく。
そしてしばしの休憩をとったのち、1階に降りてきたのは茂と昌宏だった。
「昨日ミートソースにしといてよかったわ。今日の夕食手抜きできるし」
「そだね。昼間のうちに野菜も収穫してるし、マリネもあるしね」
「昨日と続くけど、なんかパスタでもあればええかな」
「そだね」
部屋で休憩して、多少疲れが取れた二人がのほほんと夕食を準備する。
出来上がった頃に3人もおりてきた。
「グラタンだーっ」
「野菜たっぷりのスープが染みる…」
「マリネの酸味がさっぱりしていいね」
わいわいとにぎやかに夕食を済ませ、今日こそはとデザートにずんだバームクーヘンを食べながら、のんびりと話に花を咲かせる。
「そうそう、今日の朝松岡と畑の野菜収穫しててんけど、そろそろ夏野菜終わりやん?冬の野菜の支度もそろそろせなあかんなーと思って」
「そうだね。今度の週末でも、じっくり畑の世話するかあ」
「それまでに何を植えるか決めて、買いにいかんとな」
のんびりと穏やかな時間とともに、夜は更けていくのだった。