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街の中心部から少し外れた丘の上にぽつんと一件の建物があった。
建物は決して小さいわけではないのだが、周りに広々とした畑があるために余計にぽつんと建っている印象が強くなる。
建物の名前は「Maison TOKIO」。
3階建てで、室数は8。
入居者は5人。

1階の部屋は空き部屋のはずなのだが、そのドアに「OPEN」と札が下がっている。
2階からばたばたとにぎやかな足音が響き、階段を駆け下りてくる青年がいた。
そのまま1階のOPENと札が下がった部屋のドアをばんっと開ける。
「茂君っ、ご飯っ」
「今日のメニューはミートソースとシーザーサラダ、あとコーンスープやでー。デザートは松岡がもらってきたずんだバームクーヘン」
「食べますっ」
「お前基本ここでご飯食べてるやん」
その部屋は他の部屋と間取りが違い、食堂のようにカウンターがあり、広いリビングスペースにはどどんとでかいテーブル、そしてそれを囲むように椅子が5脚並んでいる。
カウンターの中からのほほんと声をかけた青年は城島茂。
小説家であり、この「Maison TOKIO」のオーナーでもある。
他の住人たちが毎日のように「おなかすいたーっ」とやってくるのにご飯を出していたのだが、ある日「僕もそんな暇ちゃうんやーっ」とキレ、だったら1階の空部屋を共有スペースにして、時間ある人がそこでご飯作ればいいじゃんと提案され、このようなオープンスペースが出来上がったのである。
今日の料理は自宅で仕事しつつことこと煮込み、出来上がったものを部屋から運んできた、寸胴鍋いっぱいのミートソースである。
「いい匂いー♪」
オープンスペースの冷蔵庫からドリンクを取り出し、椅子に座ってご機嫌な青年は、長瀬智也。ここの最年少の住人である。
空間デザイナーの彼は、基本自宅を職場としている。打ち合わせでどこかに行くこともあるが、家にいることが多い。
そしてオープンの札がかかったのを確認すると、いそいそと降りてくるのである。
「あ、オープンしてる」
オープンの札に気付いて、小柄な青年が入ってきた。
「今日は太一君、外だったんすか」
「そうだよ。つっかれたー。茂君、今日のメニュー何?」
「今日のメニューはミートソースとシーザーサラダとコーンスープとずんだバームクーヘンっすよっ」
「…メニューの黒板でも準備しよかなあ今度」
「山口君に頼めば?次の日にはできてるんじゃない?」
小柄な青年は、ネクタイを外しつつ、椅子に腰を下ろした。
「太一君お茶飲む?」
「もらう」
「麦茶と紅茶と緑茶、どれがいい?」
「とりあえず麦茶頂戴」
「はーい」
小柄な青年の名前は国分太一。システムプログラマーである。
彼も基本は家で仕事をしているのだが、時折相手先と打ち合わせのために外出することもある。
今日はその日だったらしい。
「太一、スーツから着替えんでええの?ミートソース飛んだら大変ちゃう?」
「そだね。一息ついたら着替えてくるよ」
茂の言葉に素直にうなずいた太一は、それでもすぐに動くにはちょっと疲れていたのか、そのままぐーっと伸びをして、べたっとテーブルになついてしまった。
「それにしてもずんだバームクーヘン?また松岡?」
「もらったんやって」
「あいついろいろもらうよね~。あ、でも俺味見くらいでいいや」
「ん」
「俺半分くらい食いたい」
「…長瀬、遠慮ってもん覚えような?」
「はーい」
「着替えてくるよ」
麦茶を飲み干して一息ついたら落ち着いたのか、そういって太一が部屋を出る。
「ネクタイ忘れてますよ~…ってもう行っちゃった」
「あいつ足早いからなあ。まあどうせ戻ってくるんやし、棚の上にでも置いといたげて」
「はーい」
智也がテーブルの上に置きっぱなしになっているネクタイを棚の上に置いて、ふと首をかしげる。
「そういえばぐっさんは?」
「達也は”実家“やって」
「めずらしー。”本業“っすかね」
「…もはやどっちが本業かわからんけどな」
確かに、と智也がドリンクを飲んでいると、「…長瀬、居る?」と声がした。
「ん?」
名指しされた智也がドアを開けると、外には長身の青年が一人立っていた。
「うっわどうしたの松岡君、すげー荷物」
長身の青年の姿を隠すほどの荷物を、智也が持つ。
「ありがとー。車からここまで持ってくるだけでもつらかった」
おしゃれな服に身を包み、智也に笑いかける青年の名は松岡昌宏。ここの住人の一人で服飾デザイナーである。
彼はここで家ともう一つスペースを借りており、そこを資材置き場兼アトリエとして使っている。
なので、彼もここで仕事をしていることが多いのだが、今日は打ち合わせがあったようだ。
「それと松岡君、それは?」
布の束だと思われる荷物とは別に、クリーム色の大きな紙袋を持っているのに気づいた智也が眼をきらきらさせて尋ねる。
「HARBSのケーキだよ。わざわざホールで差し入れてくれたんだ。皆さんでどうぞってさ」
「すっげーっ。何ケーキ?何ケーキ?」
「チョコレートケーキって聞いてるけど」
「わーいっ」
「お疲れさん松岡。HARBSってことは生やもんな。ずんだバームクーヘンは次にして、今日はそっちをよばれよか」
「俺両方でもいいよ~」
「HARBSのケーキにバームクーヘンまで食べたら、メインが入らんくなるわ」
「入るよ?」
「お前の胃袋と一緒にすんな。茂君、これ冷蔵庫に入る?」
「大丈夫大丈夫。ここの冷蔵庫は余裕あるから」
「だよね。今日のメニューはミートソースにコーンスープ?あとサラダかな」
「おん。シーザーサラダ」
「さすが松岡君」
「いや、こんなにいい香りしてたらわかるでしょうよ」
手放しで褒める智也に昌宏は苦笑いだ。
のほほんとした空気が流れていたのだが…不意に3人の気配が変わる。
「…なんか来たね」
「近づいてきてるな。畑荒らされたら面倒やなあ…。長瀬」
「ん?」
「体力残ってる?」
「うんっ」
「じゃあ、頼むわ。暴れておいで」
「わかった」
長瀬は立ち上がると、すいっと腕を前に伸ばす。
「『我が召喚に応えよ…太郎太刀っ』」
智也の声に応えるように、伸ばした手の先、光が集まり、それが一振りの大きな太刀となった。
「おいおい、外でやれ」
「いってきまーすっ」
昌宏の苦言を聞き流し、そのまま飛び出していく。
「まあ大したことなさそうやし、すぐ戻って来るやろ」
「そだね」
肩を竦めて見送る。
「なんか来たみたいだね」
先ほどのスーツからラフな格好に着替えた太一が入ってくるなりそう言った。
「うん」
「あ、松岡おかえり。長瀬がいったの?」
「おん」
そう言いながら茂は大鍋に湯を沸かしている。
「大した事なさそうな気配やったし、すぐ戻って来るやろ。長瀬どれくらい食べるかなあ…」
パスタの袋を手に、何グラムゆでようか迷う茂に、昌宏が首をひねる。
「そういえば兄ぃは?あの人がこの時間まで来ないっておかしくね?」
「達也は実家。夕飯はこっちで食べるって言ってたから、もうじき帰るかなあ…。ちょっと遅くなるかもとか言うてたけど。だから先に食べても大丈夫と思うで」
「そっか」
そこに智也が意気揚々と帰って来た。
「ただいまーっ」
その手にはすでに刀はない。
「なんやった?」
「んとねー、熊みたいなでっかいやつでした。まっくろでもやーっとしてて、でも目と口が真っ赤」
「あるあるやな」
「でももう戻ってきたってことは、雑魚だったんだろ?」
「うん。太郎さんで一発だったよ」
「太郎さんって…」
「ところで長瀬、パスタどんくらい食べる?」
「一袋~」
「…200グラムな」
智也の希望をざっくり無視した茂が、倍もあればいいだろうとそういうと、智也が不満げに口をとがらせる。
「ぶー。動いてきたんだし、多くてもいいじゃないすか~」
「うちのパスタ、一袋5キロやで」
「…すみませんでした。流石にそれは無理です…」
「せやろ。松岡と太一は100ずつでええか」
「うん」
「普通でいいよ~」
達也のは帰ってきてからゆでようと、茂が4人分で500グラムのパスタをゆでる。
冷蔵庫に入れていたシーザーサラダを取り出し(一人分は別の器に盛りつけておいた)、スープを器にそそいでカウンターに置くと、昌宏が運んでいく。
「できた」
「わぁいっ」
一人だけどどんと大皿に盛られたミートソースを前に智也はご満悦である。
「じゃあ…いただきます」
「「「いただきます」」」
もぐもぐと食べ始めたところで、「あ」と智也が声を上げた。
そしてごそごそとポケットを探ると、ビー玉くらいの大きさの、きらきらと光るものをことんとテーブルに置いた。
「茂君、これ今日の“収穫”っす。ぐっさんに渡しておいて」
「自分で渡せばええやんか」
「だって実家帰ったんでしょ?てっぺん回るかもしんないじゃないすか」
「いや、そこまで遅くはならんと思うけど」
まぁ預かるけどもやな、そう言った茂がふと立ち上がり、お湯を沸かし始めた。
「茂君?俺お替り欲しいけど、まだ言ってないっすよ」
「お替り欲しいんかいな…。いや、そろそろ達也が戻ってきそうやから、お湯沸かしておこうと思って。達也どれくらい食べるかなあ…」
「200」
「200」
「200は食うでしょ」
「あ、茂君俺追加で150」
「あとでケーキも食べるんやろ?100にしとき」
「もっと食えるけど」
「ああ、それと、ミートソースが残ったら、明日の朝、ミートソースのピザ風トーストになります」
「あ、俺2枚でお願いします」
「予約受付ます言うてるんとちゃうで。残ったらの話やで」
寸胴鍋にどどんと作ったミートソースを見ながら、朝食で食べたところで残るだろうなと思いつつそう告げると、長瀬が言った。
「もし残らなかったらどうなるんすか」
「そしたら普通のバタートーストになるで。どうしてもっていうなら…小倉トーストならできるかなあ」
「もしみんな小倉トーストでも、俺は普通のバタートーストにしてよね」
「いや、頑張ればそれもできるかなって話で、みんな小倉トーストとちゃうで。…というか太一朝食は自分ちで食べてるやん」
わいわいと話しながら沸騰したお湯にパスタを入れたところで、がちゃりとドアが開いた。
「ただいま…疲れた」
入ってきた青年が、ちょこちょこ話に出ていた、山口達也である。ここの住人の一人で、建築士をしており、彼もまた基本的には家で仕事をしていることが多い。
身長は太一と変わらないが、体付きががっしりしているので、大きく見える。
そんな彼は切れ長の涼しい目の目じりに、紅をさしていた。
「あれ、ぐっさん化粧してる?」
智也が自分の目元を示しながら尋ねると、達也はぐったりと自分の椅子に座りながらうなずいた。
「義姉さんにやられた…」
「今日は裏方やなかったん?」
「…」
キッチンから尋ねた茂に、達也が渋い顔で黙る。
「達也?」
「…神楽舞うならさしなさいって…俺裏方だと思って行ったのに…舞うって知ってたら病気になっていかなかったのに」
「…さぼります発言はやめようや達也…」
ゆであがったパスタにソースをたっぷりかけて、カウンターに置くと、昌宏が心得たと達也の前にそっと置いた。
「…うまそ…。俺シゲの飯楽しみで、向こうで水しか飲んでなかったんだよね」
「いやいや、軽いもんは腹に入れようや」
「やだよ。俺の腹の容量決まってんだから、だったら俺の好みの物だけで満たしたいじゃない。…いただきます」
「わからんでもないけど…」
自分の料理をそこまで気に入ってくれるのはうれしいが、それで体調を崩したら…と思うと手放しでも喜べない茂である。
きちんと手を合わせて、それから嬉しそうにもぐもぐと食事を始めた達也は、きらりと光るものを眼の端にとらえて目を細めた。
「なに。なんか出た?」
「えっとね、熊みたいなでっかいやつ」
「誰が行ったの?」
「俺。太郎さんで一発だった」
「太郎さんってお前、御神刀をお友達みたいに呼ぶなよ…」
「同じ御神刀の石切丸さんを気軽に呼び出す自分がそれいう?」
呆れたように言いながら茂が席に戻ってきた。
達也の本業は建築士だが、彼の実家は神社である。
兄がいるので後継ぎとなることはなく、建築士として活動しているが、彼は幼いころから穢れを清める・祓う(物理)力があった。
そして茂は達也の幼馴染であり、穢れに好まれやすい体質でなおかつ見える体質だった。
ちっちゃいころから黒い靄のような穢れにくっつかれて調子を崩す茂から、穢れを祓ってきた(物理)のは達也だった。
智也は達也の従弟で達也ほどではないが穢れを祓う(物理)力を持っていた。
昌宏は智也の幼馴染で見える体質、ついでに穢れにからかわれやすい性格で、よく靄にとりつかれているのを智也が追い払っていた。
そして太一は達也の幼馴染で、見える体質であった。
そんな5人に興味深いと関心を寄せた存在がいた。
それが先ほどからちょこちょこ話に出ている石切丸や太郎太刀…日本刀である。
達也は小学生のころに親に連れられて行った石切劔箭神社で石切丸と出会った。
茂は遠足で行った東京国立博物館で出会った鳴狐を始めとする打刀、太一は同じく遠足で行った東京国立博物館で出会った厚藤四郎をはじめとする短刀や脇差、昌宏はやはり東京国立博物館で出会った獅子王を始めとする太刀、そして智也は熱田神宮で出会った太郎太刀を始めとする大太刀、槍などの刀剣を扱い、穢れを祓うことができるようになったのである。
そうして、表の顔は小説家・建築士・システムエンジニア・服飾デザイナー・空間デザイナーとして活躍しつつ、裏の顔として穢れを祓う祓い師としても活動している。
裏の顔のため、どこかに就職するより自宅で仕事できる方が望ましいと選んだ仕事が今の仕事であり、ついでに言うならみんなまとまってる方がいざって時に動きやすいよねとこの建物を建て、5人そろって移り住んだのである。
もちろん、それぞれの仕事はそれぞれ好きで選んでいるので、今の生活に不満はない。…いや、今現在においては、神楽を舞わされたことで達也が非常に立腹しているが。
「ところでみんな明日は家に居るん?」
茂が自分のパスタを食しつつ、何気なく声をかけた。
「明日は休む」
「俺も家にこもる」
「俺もアトリエにこもる」
「俺も家に」
「なんで?」
「いや、そしたら昼食もいるんかなと思って」
「自分で作るよー」
「シゲの飯が食えるなら食う」
「俺も~。自分で作るより茂君のご飯の方がおいしいもん」
「…どっちでもいいけど」
4人の声に茂がしばし考える。
「僕も締め切りまだ先やし、明日はちょっとのんびりできるし…じゃあお昼ご飯も作ろうかな」
「あ、じゃあ茂君俺手伝う」
はいはいと昌宏が挙手する。
「じゃあ俺もここで食べるよ。12時に来ればいい?」
「そやな。メニューはこっちで適当に決めるからな」
「はぁい」
「シゲー」
「ん?」
「スパゲティお替り」
「…パスタゆでるから時間かかるで」
「いいよー、サラダ食いながら待ってる」
茂の料理で腹が幾分満たされて、達也の機嫌がちょっと良くなった。
「ねー茂君、明日どうせなら保存食とか作っちゃう?」
「…そやなぁ。トマトいっぱいあったし、トマトソース作って瓶詰しとくか。他に何かできるかな」
「なんか見とくよ。で、一緒につくろう」
「ええね。松岡仕事大丈夫なん?」
「そこまで詰まってないから大丈夫よー」
弛んだ空気の中、達也のパスタ(俺もーと主張したため智也の分も)がゆであがり、二人が嬉しそうにパスタを食べるのを横目で眺めながら、食べ終わった茂たちが片付に入る。
「飲み物どうする?珈琲?紅茶?」
「ん?この後なんかあんの?」
達也がミートソースを味わいつつ、聞こえてきた声に疑問を投げる。
「HARBSのケーキもらったの」
「へー。お前いろんなものもらってくるな。この間もバームクーヘンもらってなかった?」
「それデザートにしよと思たんやけどな。生のケーキのほうが優先順位高いやろ」
「そだね。俺珈琲ね。ブラックで」
「俺珈琲牛乳っ。甘くしてー」
「却下。ケーキが甘いんだから、飲み物は甘くないのにしろ」
「わかった。じゃあカフェオレで」
「コーヒー牛乳からめんどくさいのきたな」
「どうせ達也のコーヒーはドリップで淹れるんやし、ミルクだけあっためればええだけやろ?」
「あ、俺もブラックね」
洗い物班に加わっていた太一が口をはさむ。
「ん。…どうしようかなぁ、紅茶飲みたいけど、みんなコーヒーやったら僕もそっちしよかな」
「あ、じゃあ俺紅茶にするよ」
「じゃあ二人紅茶で三人コーヒーな」
「俺カフェオレ~」
「はいはい」
珈琲を淹れながら、ミルクを温め紅茶のための湯を沸かす一方、茂が洗い、太一が洗った食器を拭いて食器棚に納めていく。
ここは基本、5人がわいわいと集まる場であり、誰かの家ではないので、それぞれが綺麗にするのを心がけている。
「ごちそうさま」
一足遅れて食べ終わった達也が食器を持ってきた。そのままふんふんと鼻歌交じりに洗い物を済ませ、智也が拭いて食器棚に納める。
「あ、まだミートソースいっぱいあるじゃん。もう一回お替りすればよかった」
「流石にこれ以上お替りしようとしたら止めたで僕。食べすぎ」
「いいじゃん。向こうで水しか飲んでないんだし」
「っていうか不健康やから軽食くらいちゃんと食べぇな」
達也と茂がじゃれている横で、昌宏は冷蔵庫からケーキを取り出した。
「すっげ。カットかと思ったらホールか」
「そう。わざわざ注文してくれたらしいんだよね」
「お前のファンに感謝だな」
達也の声に昌宏が笑みを浮かべつつ、さっくりと包丁を入れる。
「兄ぃと智也は1/4いけるでしょ。太一君は?」
「俺1/8かな」
「僕もそれくらいで」
「俺もそんなもんかなあ…」
話を聞いていた智也と達也の目線がケーキに集中している。
「智也はともかく…あんた年長組なんだから、子供みたいにケーキ見るのやめなさいよ」
「今日は疲れたから甘いもの食べたいんだよ」
「じゃあ残りは兄ぃと智也が半分ずつね」
さっくさっくと慣れた様子で昌宏がケーキをカットし、皿にのせる。
「おいしそう」
「飲み物の準備もできたよ。茂君、松岡、ミルク入れる?」
「ああ、ミルクピッチャーに入れといて」
「了解」
さすがにカフェオレボウルはないので、智也のカフェオレは大きめのマグカップに入っている。
そのほか4人は普通にマグカップだ。
昌宏が美しくカットされたチョコレートケーキをテーブルに並べていく。
「やっぱりこういうの切るんは松岡上手やなあ」
「職業病かもね」
スポンジが崩れることも、クリームが乱れることもなく、綺麗にカットされたケーキに昌宏自身もご満悦である。
「いっただっきまーす」
「お前情緒も余韻もないな…」
「容赦もね」
その美しく切られたケーキに、智也が容赦なくフォークをぶっ刺し、幸せそうに口に運んでいる。
「ん?おいしいよ?」
「知ってるよ」
「まぁこいつに情緒求めてもね…」
「おいしいものはおいしくいただかなきゃな」
もっともらしいことを言って、フォークを手にした達也は、しばしじっくりとケーキを観察したのち、そっと端から崩さないようにフォークを刺して食べ進める。
「うん、うまい。疲れた精神に染み渡るわこの甘さ」
「よかったね」
そのまま和やかにしばしのティータイムを楽しみ、綺麗に後片付けしてそれぞれ部屋に戻る…と思いきや、茂が残っている。
「茂君?どしたの?」
昌宏が気づいて声をかけた。
「いや、明日の朝な、ミートソーストーストにしようと思って。みんな食べるやろし、準備だけしておいたら朝楽やなーと思って」
「なるほど。手伝うよ」
「いやいやええよ。松岡も疲れてるやろ?」
「休憩したし大丈夫。それに好きなことするのはストレス解消になるのよ?」
料理が好きな昌宏らしい言葉にくすっと笑って、「じゃあお願いしようかな」と二人でせっせとミートソーストーストを作っていく。
といっても、食パンにバターを塗り、その上にミートソースを塗り、ピーマンや玉ねぎをちらして上からピザ用チーズをかけるだけだが。
「長瀬が2枚食べたいとかいうてたなあ…」
「兄ぃも2枚は食うだろうね」
「7枚準備しておいたら足るかなあ」
「念のために10枚くらい用意しといたら?冷凍できるし」
「せやな」
「…それにしてもあんた、ミートソースこんなに仕込んだの?」
「…文章考えながら玉ねぎみじん切りにしてたら、うっかり刻みすぎちゃって…」
「だったら明日の夜もこれ使うか。茄子なってるよね?茄子とミートソースのグラタンとかどうよ」
「ええけど、ミートソース続くなあ」
「お昼和食にしよ。もし文句言うやつ居るなら食わせなきゃいいんだよ」
昌宏の発言に笑ってしまいつつ、10枚分のピザトーストを作った。
出来上がったトーストを冷蔵庫にしまい、綺麗に後片付けを済ませてそれぞれ部屋に戻る。
ミートソースの入った寸胴鍋はそのまま1階の冷蔵庫に詰め込んだ。
「じゃあまた明日な」
「ん。おやすみ」
階段で分かれ、茂はそのまま3階に向かう。
…部屋に戻った昌宏は、「そうだ今日持って帰って来た素材の仕分けがまだだった…」とがっくりひざをつくのだが、それはそれである。
部屋の前に戻り、カギを取り出した茂に「シゲ」と声がかかった。
「どした」
となりの部屋からひょっこり顔を出していたのは達也だ。
シャワーを浴びたのか髪はまだ濡れているし、化粧は綺麗に落とされている。
「ちょっといい?」
「ええよ」
茂の返事にいそいそと達也が部屋から出てきた。
そのまま二人で茂の家に入る。
「同じ間取りなのにねえ」
「間取り同じでも趣味が全然違うんやから、そりゃ違う感じになるやろ」
勝手知ったる友人の部屋と、達也はリビングのソファでのんびりくつろいでる。
さっき珈琲も飲んだことやし、また珈琲か紅茶勧めるのもなぁ…と思った茂は、冷蔵庫を開けてそこに入っていた炭酸水をグラスに注いで差し出した。
「ありがと。いただきます。…まだ下にいたの?」
「明日の朝の仕込みしてたんよ」
「朝?」
「ミートソーストースト作ってた」
「そうだったんだ。楽しみだな」
想像したのか、ほっこりと楽し気に笑って、ごくりと炭酸水を呑み、軽くため息をついた。
「どした」
「いや、単純に今日は疲れたなと思って。体だけじゃなくてこう…精神が疲れた」
「せやろなぁ。裏方と思って行ったのになあ…」
「それだけじゃなくてさ」
「ん?」
「神域だっていうのに、わらわら穢れが沸いててさ」
「うわ」
「神楽舞う合間にこっそり抜け出してはザクッズバッってやってきた」
「…一緒に行ったらよかったなあ。そしたら僕にも手伝えたのに」
「シゲが来てたら気分も楽だったろうな。いや、でもこれは俺の務めだからね。でも愚痴だけは聞いてほしいなーなんて」
「僕でええなら愚痴くらい聞くで」
「ありがと。あのさぁ」
そのままつらつらと愚痴というか報告というかをする達也の言葉を、うんうんと相槌を入れながら聞いていた茂だったが、一瞬席を外し戻ってきたときには、達也はぐーと寝息を立てて眠っていた。
「…瞬殺やったなあ…よっぽど疲れてたんやな」
ソファの背もたれに片足をかけるようにして眠る姿に、子供のころと変わらんなぁと笑いながら起こすのもかわいそうでそのまま上にブランケットをかけてやった。
「僕も寝るか」
軽くシャワーを浴びて、支度を整えそのまま寝室に入り、茂もまた眠りについた。

 

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