Jyoshima & Yamaguchi

迷い道

-->

夕闇よりも一段深い、だが瑠璃と呼ぶにはまだ少し早い夜の影で、ほとりと蛍火よりも淡い光が辺りを照らす。
じじじじ とそれは紅い燐光が発火するほんの僅かな明滅に過ぎなかったが、軽く歯に挟み込んだ煙草は軽く上下に揺れながらも、その埋もれるような葉先に紅の炎が燃え上がる。

 

 

 

「やっぱりここに居たんだ」
ま深に冠ったキャップの鍔をぺこりと押しつぶすように触れる背後から伸びて来た指先に、城島は、ん?と口に煙草を銜えたまま喉の奥で返事を返す。
「よう判ったな」
「そりゃね」
何年の付き合いと思ってるんだよ そう軽く肩を竦めると、山口は城島の隣、赤茶色に錆のついた桟に背を預けるように、んんっと伸びをする。そういう城島こそ、音もなく近づいた人影にも驚く事なく返事を返したところを見ると、近づいて来た男が誰であるか等随分と前から気付いていたのだろうと自然口元の肉がほろりと緩む。
だが、山口の少し面映気な表情にも薄い流し目一つくれただけで、城島の光を映し込んだような淡い瞳子は再び目の前にあるお洒落た作りの建物へと戻って行く。
「一週間経ったんだね」
その言葉に呼応するように、はっとかすかに溢れたのは、その時の熱情を思い出したのか、それともただの遣る瀬ない溜め息なのか。
「不思議やろ」
ゆるりとした秋の気配に過去へと押し流されはじめた今夏、突然のスコールのように自分達の上に訪れた、子供の頃に憧れたシュガーコットンの夢よりも鮮やかで霞よりも淡い一瞬の熱砂のような時を想い出すかのように城島もまた薄くけぶる琥珀の虹彩を僅かに緩めながら、ふっと光を帯びるような煙を吐き出した。
「たった一週間やのにな」
もう、遥か記憶の彼方いうんかなあ、と言葉尻を濁しながらくしゃりと、まだ、伸び切らぬ髪を無造作に掻き混ぜた。

そう、彼等が目の前のライブハウスのステージに立ってから20日程の時間が過ぎ去った。だが、ここよりも西にあるステージを踏んでからならば、まだ、一週間しか過ぎては居ないのだ。だが、自分達が立っていた場所は、一夜の夢幻の生み出した蜃気楼のようで、ふと振返った先に垣間見えるは、指の隙間を擦り抜ける儚過ぎる光の残滓。
そこに何かを伝える確固たる形は存在しない。

 

「本当はさ、今日、大ラスにしたかったよなあ」
太一の誕生日しか祝えなかったもんな。そんな城島の苛立に気づかぬ振りで山口はにいと口角をあげるように笑みを作る。
「阿呆いいなや。ライブできただけでもえらいことやと思うのに」
「そ?」
「考えてもみぃや」
ゆるゆると白い灰と化して行くそれをぐりと小さなアルミ製の灰皿に押しつけながら、僅かに俯いた横顔にふと落ちた綺麗な曲線を描き出す淡い影。
「この間の某国営放送のナレーションやないけどな」
引き合いに出したのは、ライブが終わった次の日曜日。我等がキーボーディストが司会を受け持つ番組での事。
「デビュー前やったらいざ知らず、」
くるりと体を反転させると、城島は今まで己の虹彩に写り込んでいた小さな箱から無理遣りに目を逸らした。
「城ホールや武道館を満員御礼にさせる事の出来る、しかも日本一有名な芸能事務所の中核を担うグループがやで、2,000人そこそこしか入らへん小さなライブハウスでツアーするやて前代未聞や。ほんまやったら事務所的には『NO』言われてもしゃあないやろ」
「いいじゃん。ドームを満員御礼にしてるわけじゃないしさ」
俺等 と、聞きようによれば多少自虐的なその台詞に、城島は眉を顰める。
「そら、確かにそうやけどな」
「事務所が良く許したとは、俺も思うけどね」
やろ、と緩やかに仰け反ると夜気に曝されるのは日に焼けぬ無防備な首筋。何かを求めるように伸ばされた手が掴むのは透き通るような空の色。

足元から響く『音』よりも重なる近い『歓声』
記憶の中の映像は緩やかな霞みがかかっても、全身を包むのは、ふと向けた視線の前で、揺れるいつもよりも近く溢れる人の熱。

 

「けどさ、今更だと思ってるんじゃないの」
「何が?」
ん〜社長? と山口も伸びをするように上肢を天を仰ぐように大きく反らした。
「俺たちの我侭なんてさ」
「何言うてんねん」
こんなに真面目に素直に働いてる僕ら捕まえて と胸元を両手で押さえる仕草をしてみせる城島に、山口は、似合わね〜 と鼻をならすようにけらけらと笑う。
「大体さ、社長に決められたメンバーに文句言いに行った貴方のどこが素直なんだよ」
素直ってのはね、初顔合わせで翌日からグループを組めって言われたVの奴らのような事を言うんじゃないの? と薄く自分を映す虹彩に城島が顔を顰める。
「20歳になるかならないかの、しかもデビュー前の山のものとも海のものともわかんない餓鬼がさ、メンバー変えろって直談判したんだよね」
貴方 と山口は桟に頬杖をついた。社長、さぞかしびっくりしただろうなあ と楽し気に続く言葉に、
「そう言えばそんな事もあったねぇ」
どこか懐かしむように細められる眼。
もう忘れちまった?お爺ちゃんととんと肩をぶつけて来る山口に、痛いわ と笑いながら応戦をするが。

「あれから15年やねんな」
「ジョーバンドが出来てからなら17年だよ」
うん、と僅かに首肯するどこか幼い仕草に、つられるように山口も眼を細める。
「12年ぶりのライブやった」
「面白かったね」
平素のツアーよりも半月以上短いGIGsの日々は、怒濤のように迫り来る仕事の合間を縫うように決行され、練習どころかリハーサルさえも、メンバー全員が集まる事が稀な強行軍だった。
メンバー一人一人が各々選んだ曲をアレンジをして、各々が手の空いた隙間で一人でその音を確かめて行く、そんな寂しい時間の積み重ね。それでも、音楽が己の中に満ちるその瞬間の喜びが、疲弊しきったはずの体に活力を与えてくれた。

「おおきになぁ」
「シゲ?」
「どうやって売るか。どんな風にマーケティングするか」
そんな事が先に脳裏をよぎるんや とどこか自嘲的な微笑を口角に宿し、城島は己を見つめる真っ直ぐな瞳から僅かに視線を反らせた。
「売れへん日々、音楽やない仕事ばっかりこなして、その合間に思いだしたようにバンドに戻って」
何しとるんかわからへんかった。
「それこそ今更だろ」
そう、今更なのは、分かっている。日本一有名な事務所はその肩書き通り、それだけのスターを排出はしてきたが、同時に求めているものは純粋な『ミュージシャン』ではない。『音』よりも『面』を売りにする、そんな事務所なのだから。
それでも。否、それだからこ と城島はゆっくりと首だけを動かして山口を振返った。
「嬉しかったんや」
観客のキャパ、派手な演出、そんなもの何一つ関係のない、ただ、自分達の音を求めて集うた人々。
「メンバー一人一人が売れて、仕事持って。それはすごいええ事やし、僕かて嬉しい。でもな、自分等の中から少しずつバンドという形が崩れて行きそうで恐かったん」
音を聞いてもらうよりも先に、顔が売れて行く自分達の存在。
自分達の顔を知る人々のうち、果して何れだけの人々が『TO K IO』がロックバンドだと知っているのだろうかと。
そう、ライブの熱狂の中で、飽きる事なく言い続けて来た『一生TO K IO、一生バンド』宣言さえも、その場で侵された熱病のようで。それは、いつ冷めるかわからぬ恐怖があったのだと。
「BI GI Nがな」
突然の言葉に山口が僅かに小首を傾げるが、城島は気付かぬ振りで先を続ける。
「色んなホールでライブ出来るようになった時、ふと、自分等の目の前にお客さんがおらへんことに気がついたんやて」
生の音を聞くために居るはずのファンが、自分達を見ていない事に気付いた時、彼等は大きな会場でのコンサートをすっぱりとやめて、ライブハウスにその音の生き場所を求めたのだと。
「僕もそうしたかった」
ずっと、この手が紡ぐ生の音を聞いて欲しいと願っていた。だが、それはあまりに無謀な願いだと知っていたから。否、そう思いこんでいたから。
「だから」
「貴方さあ、時々本当にくだらない事考えるよね」
「くだらんて自分」
嬉しかった と続くはずであった摘まれてしまった言葉に城島は、僅かに唇を歪めた。
「あのさ、俺たちはTO KI Oというバンドがあるから、今ここに居る訳じゃん」
「そら、そやけど」
確かに、音楽以外で、顔が売れたからこそ、今年の夏があったのかもしれない。それは覆せない事実だとは思う。
だが、同時に、ここまで辿り着くために自分達は何れ程ものをその場に捨てて来たのかはわからない。でも、何を手放したのだとしても、自分達は後悔等一欠片もしていないのだ。
少なくとも、自分は と山口は、眉月のように眼を細めた。
「長い事迷って寄り道して、やっとここまで辿り着いたんだよ」
そう、自分達の音をこの手で生み出し、自らの手で奏でる事で楽を作り出す事が許されるこの場所に。最初は、城島と山口が二人で始めた手遊びのような小さなバンドだったのだとしても。
「それが、このツアーなんじゃねえの?」
一つのステージを見上げる観客の人数でもない、どれだけ派手な演出をしたかでもない。
ただ、自分達自身を奏でるミュージシャンとしての音を追求するGIGsツアー。
それを、夢幻みたいに言わないでよ と。

山口の言葉をゆっくりと咀嚼するよう二、三度瞬きを繰り返した後、せやね、と漸くゆうるりと綻んだ城島に、山口は片頬を器用に歪め、にやりと口角を歪めた。
「12年前の今日、俺たちは某事務所のアイドルとしてじゃなく、ロックバンドとしてデビューしたんだぜ」
それを忘れないでよ、お爺ちゃん。

 

1989年にテレビ朝日のバラエティ番組「アイドル共和国」にて城島茂、山口達也の2人で仮名「城島茂バンド(ジョーバンド)」として結成。その後、「海外でもすぐに日本のバンドとわかってもらえるように」と、ジャニーズ事務所社長が「TOKIO BAND」と命名。
1990年にはSMAP学園から国分太一・松岡昌宏・小島啓が合流して、中村繁之主演ミュージカル「ぼくのシンデレラ」のダンスユニット*1として「TOKIO」結成。しかしここには山口がいない。
1991年、城島が社長に直談判し、山口を含めたバンド形態となった。ここで長瀬智也がサポートメンバーとなった。
1994年、小島が米国留学のため脱退し、長瀬が正式メンバーに昇格して現在の5人になり、キャッチフレーズ「ダテに待たせたわけじゃない」を引っ提げ、9月21日「LOVE YOU ONLY」でソニーミュージックよりCDデビュー。デビュー記者会見はロックバンドなら誰もが憧れる日本武道館*2で行われた。その後、史上最短記録*3のデビュー3ヶ月で紅白歌合戦初出場。
バンド活動では長らくヒット作には恵まれなったが、バラエティ番組に進出し体を張る姿がお茶の間に受ける。
2000年11月  アジア本格進出に当たりユニバーサルミュージックに移籍。
2001年5月30日 「メッセージ/ひとりぼっちのハブラシ(桜庭裕一郎)」で初のオリコン一位を獲得。
2004年9月1日 歴代ジャニーズのカバーアルバム「TOK10」をリリース。アルバムとしては初のオリコン一位を獲得。
2006年、初のライブハウスツアー「TOKIO Special GIGs 2006〜Get Your Dream〜」を敢行。

Category

Story

サークル・書き手