ほわり、頬がほとりとぬくくなる。ああ、日向にいるようだ。
そのぬくもりが愛しくて、無意識に伸ばした手を包み込む柔らかな熱。
ゆるゆるとした微睡みは心地よく、すりりとすり寄せた体に、伝わる優しさは遥か彼方の春の色。
月に2回、必ず訪れている場所だというのに、誰もおらぬ楽屋というものは、いつ訪れても寒々とした空気をたたえ、どこかよそよそしい。確かに自分達のためだけの部屋というわけではないのだから、その印象も仕方がないといえば仕方がないのだけれど。
ずるりと下がりがちな眼鏡の弦を指で押し上げながら、なぜか足音を隠すかのような抜き足でぎしりと押し開いた扉の隙間から、城島は楽屋へ滑り込んだ。
不思議だとは思うのだ。完全空調設備の室内は、先刻まで歩いていた廊下となんら変わりない温度、否寧ろ、心地よい温度になるようにと設定されているはずなのに、何所かその空さむい空気に我知らずふるりと体を震わせて。
そのまま、はあ、とソファに鞄を放り出すと、六畳ほどだけ敷き詰められた畳へとぽすりと腰を下ろした。
仕事も始まる前の、静かな一時。ちらりと壁にかけられた時計を見上げるとそのまま白い壁に背中をへたりと預ける。まだ、疲れているわけもない朝の時間だと言うのに、だらりと伸ばした四肢にかかる重力は、笑えるほどに逆らえぬ強さだとそっと瞼を伏せた。
それは春の日だまりのような空間だった。携帯を指先で繰る山口の肩にぽすんと体を預け、まだ、伸びきらぬ髪が頬にやわらかな影を落とすその稜線は、どこか柔らかさを醸し出し、思わず国分は勢い良く開いた扉をそのまんまばたりと閉じた。
いいな、と長瀬は頬杖をついて、ずるずると落ちていくその影をゆっくりと追うように横に倒れる頭を追いかけていく。
おはようっす といつもと変わらぬ大きな声で、ばんと力任せに開いた扉の向こう側。四角く切り取られた情景の中、ちらりとあげられた視線と、唇にそっと当てられた人さし指に、あ、と長瀬が慌てて自分の口を両手で覆ったのは、15分前のこと。
「寝てますね」
「俺が来た時にはすでに舟漕いでたからな」
何をするでもなくするりと近寄ってきた長瀬に山口は笑みを形作るように唇を緩めるとそのまま左手を城島の肩へとするりとまわすと開いている右手で携帯を弄びはじめた。
そのままの姿勢で15分。ずるずると重力に逆らうことなく肩から腕へ、そして膝へと滑り落ちていく城島を追いかけるようにして、ゆっくりと傾いていく長瀬の背後にぬぅとたった一つの影は。
「お前、何やってんの?」
頭上高くから降ってきた声に、おはよっすマボ と長瀬がくるりと首だけをまわして返事を返す。
そして、すっと唇に当てられた指に、松岡はああとサングラスの奥で眦を綻ばした。
「寝てんじゃん」
「俺が来たときはもう、寝てたんすけどね」
「で?なんで、お前が一緒に倒れてるの?」
「リーダー落ちてくから、なんとなく?」
その時、くちん と言う小さなくしゃみに小声で話していた二人が同時に振り返った。
「リーダー寒いんすか」
「じゃね」
そんな会話の隙間も、すりりと暖を求めるように頬を枕代わりの大腿に擦り付ける城島に、
「まあ、こんだけ冷房聞いてたらね」
つか、兄ぃの適温じゃあ、寒いでしょこの人、 とぱんとついていた膝を叩くと松岡はひょいと立ち上がった。
「なんか、掛けるもん借りて来るわ」
軽いその足取りに、携帯から視線をあげることなく、おぉと片手を挙げた山口。そして
「そうか、リーダー寒いんすね」
そういうが早いが、城島の前にするりと寄り添うように寝転がった。
「長瀬?」
「風、遮れるかなと思って」
俺、リーダーよりでかいっすからね、とそのまま城島に触れぬように両腕を広げた。
えっと、と城島はひくりとも動かない自分の体の状態に分厚い眼鏡の奥で、しょぼしょぼと目を瞬かせる。
一人だったはずだった。否、確かに、今日はメンバーそろっての撮影なのだから、彼等がここにいても何ら不思議はない。ないのだけれど。
城島の顔に影を落とすように、うつらうつらと大きく揺れるのは山口の顔。ということは、自分の頭部の下にあるのは、ぐっさんの足か? と慌てて上肢を起こそうとするが、それをしかりと阻むような重みは、城島の腹の上に突っ伏すように眠っているパーマっ毛の強い黒い髪のもの。
そして、動かぬ左手に連なる温もりは、その人間布団である長瀬の上から掛けられたケットの向こう側で、顔を仰向けるようにして眠っているのは男のもの。
「太一?」
ぐるりと動いた視線の先、見上げる高さに見つけた薄い背中に、首をくいとあげ、ひくひくと左の手首だけを動かしながらかけた言葉に、返されたのは
「うるさい」
「うるさいって、そんなあっさり切り捨てんだかて」
「俺は、何も見てねぇからな」
だいたい男4人がくっついて寝てる図なんて、見たくもねぇ と手の中の雑誌をへらりとめくる。
「過程を聞こうとは思わへんねんけど」
助けてぇな と情けない声に、ぎしりと椅子を鳴らしながら体をずらした。
「あんたさあ」
やって、と返されたへしょりと寄せられた眉に、仕方がねぇなあ と苦笑まじりの薄い笑みをほとりと浮かべた。
「ほら、長瀬、さっさと置きろ」
どかり、と擬音語のままずぽりと腹に入った足に、ぐぇっと悲鳴とともに離れていく重みに、はっと小さく息をして
「ああ、起きたんだ」
と、するりと抜けていく手のひらの隙間にすうと流れ込んできた冷たい空気を感じ、きゅっと手を握りしめた。
温かかったのだ。
確かな重みとともに、与えられていたのは離れがたいまでに心地よい人肌の熱。
ずっと苦手だと思っていたはずなのに。
「しげ?」
どした? と、真上から降り注ぐ、柔らかな声とその熱に、自分の確かな居場所がそこにあるのだと、城島は、おはようと眦をふわりと綻ばせた。