Jyoshima & Taichi

露時雨

ひゅっと頬を霞める風に、城島は黒斑の眼鏡の奥でまだどこかぼんやりとした光彩を瞬かせながら首に掛けたタオルに埋もれるように首を竦ませた。
うすぼんやりとした靄のように薄い色をした高すぎる空は、あと数時間も立たぬうちに目を射るばかりの鮮やかな色を増し、淡い色彩を思わす今年最後の緑葉は、周囲の錦秋の中、哀れに身を竦ませながらも、すっかりと遠くなった陽光を求めてその小さな葉を点へと伸ばす。
その様をほんの少し眼を細めて見下ろしながら、きんとした痛みを孕む清らな水をその手に漱いでいく。

ここはいつきても自分達の住う世界よりもほんの少し先の季節が流れていく。

自分達のテリトリーでは、ああ、やっと秋なのだ と薄いセーターに手を通そうとする時節だというのに、くんと燻らす鼻腔をくすぐる空気はどこかじんわりと湿ったような冬の香りを孕み、そしてその色は城島が知るほかのどの場所よりも深く濃いのだ。同時に、震える大気に季節を感じることができるぐらいに城島はこの村の住人なのだ。
「おはようございます」
濡れそぼった頬を、清潔なまでに乾いたタオルで拭っていた城島の背後から、柔らかい女性の声がかかる。
最近、村の住人になった女性だ。といっても、彼女は安原の代わりに村人になる前から、製作スタッフとして城島たちを支えていた一人ではあったが。
「おはようさん。早いんやね」
奥まった硝子の向こう側でやんわりと眉月を描いた城島に、安部 景子は吊られるように、美人ではないが愛嬌のある愛らしい笑顔を浮かべ、リーダーこそ とざるの上に積み上げられた野菜をほとほとと水をほとばせる洗い場におくと慣れた手つきでくるくると洗いはじめた。
「朝飯?」
ひょいと覗き込むと、朝の青い光の中、艶やかな濃紺の上に弾ける雫が辺りに飛び散る。
「茄子のお味噌汁でも作ろうかと思って」
「うまそうやね」
他愛もない会話を交わしながらも、安部に背を向けると城島は服を放り出したままの縁ヘととすりと腰を下ろした。
「他の奴はどないしたん?」
綿のシャツにするりと腕を通すと、思わず吐息が落ちる。
昼日中は、太陽の照りに額に汗を掻くとは言え、夏でも冬でもない曖昧なこの時節、朝は皮膚がきゅっとしまるほどの寒さがあるのだ。
「20分ほど前に、北登をつれて国分さんが散歩に行かれたんですが」
その時の様を思い出したのか、ほんの僅か下がり気味の眦を一層綻ばした村人に城島もつられるように、ああと納得したように一つ頷くと
「眠気眼の長瀬の襟首もついでに引っ張ってったてわけやね」
町中を歩くよりも長めのリードと枕にしがみつく自分よりもひょろりと細長い弟分の襟を引っ張る姿を想像したのかゆるりと頬を緩めた。
「長瀬さん、目が開いてませんでしたけど」
その言葉に、さもありなんと笑みをくっと苦笑にかえながらよっこらせ、と縁側へと上がり込んだ。
「ほな、お腹空かして帰ってくるわなあ」
ぱん と手慣れた仕草で取り出した割烹着を被るとくるりと背にまわした紐を軽く縛る。
「前から思ってたんですけど、リーダーって、本当お母さんみたいですね」
洗い終えた野菜をそのままざるに戻した安部は、すっかりと冷えきった手のひらにふうっと息を吹きかけた。
「おかんて、自分」
そういうと城島は顎に指を当てて、口元をきゅっと引き締めた。
「これでも少しは男前のつもりやねんけど」
言葉と表情はどうあれ、と安部はわずかに頬に熱があがるのを感じながらも、一緒に持ってきていたざらりとした米を研いでいく手を休めることなく、クスクス笑う。
「確かにこの格好やったら様にはならんわな」
「お似合いですけど」
割烹着を似合うといわれて喜ぶべきか悲しむべきか、複雑な表情で微笑を苦笑に変える。
まあ、仕方がないとは思う。公的な電波の上でもお母さんみたいですねとい言われることも少なくなく、城島自身、父や兄として彼等に言葉を与えていたかと言うと、どちらかと言えば、その姿は城島の母の背に重なる部分が多いのだということは自覚しているのだ。同時に、TO KI Oのおかんやから と豪語しているのも自分自身。
散らかしていた荷を手早く片付けながら城島は、鞄のポケットにくしゃりと押し込まれていた包みを取り出した。
その包みの上にふと浮かび上がるのは、すっかりと大人になった長瀬の笑顔。
これは今年は必要あらへんかもしれへんなあ と手にとった小さな包みを軽く握りしめる。
だが、このまま持って帰って捨ててしまうのも勿体ない。
浅いため息を一つつきながらふとあげた視線の先では、朝食用の具材を全て洗い終えたのか、安部は既に赤く冷えた手をタオルで包み込んでいる。
その横顔に、眼を細めると城島はからりと縁側に置いてあった草履に足を滑らせた。
「あんなあ、安部ちゃん」
はい、と振り返った細い眼に、城島が これなあ と包みを取り出したときだった。
「リーダー」
朝の静謐さを打ち破るように周囲の空気をびりりと振るわせるような声が辺りに響き渡る。
「ながせ」
振り返った先、リーダーリーダーリーダーと連呼しながら一直線にこちらに走ってくる、愛すべき末っ子の言い表すなら『恐い』といった方が良いほどの真剣な表情の長瀬の姿があった。
「おはようさん」
どないしたんや とその間に、真夜中のトラックのような勢いで突っ込んできた長瀬が、そのまま城島の手をぐいと引き寄せた。
「あ、あのね、リーダー」
「その前に、おはようさんやろ?」
「あああああ。えっとおはようございます」
「ほんで、どないしたん?そないに焦って」
「とにかくこっちっす」
二人の様子に唖然としている安部に気付くことなく、長瀬はそのまま城島を拉致したのだった。

 

ようやく陽光に暖色のようなぬくもりが混じりはじめたと城島は、眩げに片目を瞑る。
綺羅と輝く光の中で、疲れを知らぬ柴犬とじゃれるようにしゃわしゃわと足音をたてているひょろりと高い背を見遣ると、そのまま、傍らで腕を組んだままの男へと視線を流す。
「自分、知っとったやろ」
平素よりも僅かに低い声音だったが、国分は、さあ、どうだったっけ とそ知らぬ振りの横顔。
「去年、今位の時、自分、僕に聞いたやん」

「スッゲぇ綺麗じゃん」
夕暮れを思わすような長い日差しの中、ぎちりと重い粘土を抱え、息も絶え絶えだった城島に向けられたのは子供のように弾んだ国分の声。
「ん?あれか」
眼前では、柔らかく花が咲いたようにけば立ちを見せる一面の薄の穂が、綺羅綺羅と光を放ち、陽光を含んだような橙色に目が奪われる。
「あれはなあ、『露時雨』言うんよ」
立ち止まったためかずるりと滑り落ちかけた麻袋を持ち直しながら、城島も国分の横に倣うように並んだ。
「へぇ、あんた良くそんなこと知ってるね」
流石 と続く素直すぎる感嘆の言葉に、城島は照れたように小さく笑い、しばらくそのままその憧憬を眺めていたのだ。

 

「去年の事だろ」
俺頭悪いからさ と で悪びれることもなく嘯く国分に城島はわざとらしくほっとため息をついてみせた。
「なんで、僕に聞けなんて言うたん?」
すっごい綺麗っすね そう破顔した長瀬の横でのんびりとボールを蹴っていた国分が一言答えてやれば、足が縺れるほどの勢いで城島を迎えに役場まで戻ってくる必要などなかったのだ。
「あいつがさ、あんたのことそうでもないなんて言うからさ」
なのに、朝飯の支度どないすんねんな と零す城島に返されたのはあまりにも意味不明の言葉だった。
「太一?」
「小さい頃は尊敬してたけど今はそうでもないって」
その言葉に城島は、ああ、と小さく笑う。ありがとうなあ、ラジオ聞いてくれとったん と暢気な返事に国分がむっと口を歪めた。
「あんたさ、平気なわけ?」
「何がや?」
「何がって、最近のあいつの態度」
その言葉に、ん〜と困ったように城島は、ぽりと鼻先を掻いた。
「やって、しゃあないやろ?」
ほんまに僕、尊敬されるような柄ちゃうし、とどこか情けなさそうなその表情に国分は、呆れたような色を浮かべた視線を走り回る犬二匹からゆっくりと城島に戻す。
「あんたがそんなだからさ、彼奴があんたとの距離はかり損ねるんじゃん」
「距離て」
「だからさ、」
だ〜、もう、なんて言えばいいのかな と国分は漸く伸びてきた髪を苛立たしげにくしゃりとかき混ぜた。

 

「これ食べる?」
じとりと湿った土の上、尻が濡れる事も構わずに座り込んでしまった国分の隣に城島もよっこらせと腰を下ろした。
もしかしたらこれは意外に長丁場になるんやろか とちらりと視線を安部が働いているだろう役場の当たりに視線をくれるが、しゃあないかと呟くと先刻割烹着のポケットにねじ込んだそれをがさりと開く。
「何これ」
「見て分からん?」
そないに甘ないよ そう、ぱしり と指の腹で二つに割った一つを口の中に放り込む城島をしばし呆れたようにまじと見たものの、国分も手を伸ばすと素直にそれを口の中に放り込んだ。
「手作りのように見えるんだけど」
「そら、そやろ」
じわり、噛み締めると口の中に広がるのは砂糖独特の甘さではなくどこか柔らかい優しい味わい。
「南瓜?」
「そ、砂糖も入ってはいんねんけどな」
黒糖やからな とほろほろと口の中で解けていく菓子の欠片に、城島は満足げに残りの半掛けをほいと口の中に押し込んだ。
「あんたの手作り?」
「愛はあるから安心し」
ほんの少しげんなりとしたような表情に、からからと笑う横顔に、ま、うまいから良いけどさ と国分も遠慮なくクッキーを噛み砕いた。
「これって、長瀬に?」
「ん〜、ハロウィンやからな」
毎年、自分ら、お菓子お菓子てうるさいからな、いたずらかなわんもん と服を濡らしながらも走り回る一人と一匹の姿に城島は相好を崩す。
「今年は必要ないかとは思うたんやけど」
一昨年より去年、去年より今年、僅かずつではあるがあからさまになっていく城島に対する長瀬の嫌悪心。ああ、嫌悪とは少し異なるかもしれないがと城島はわずかに眉をしかめた。
「仕事、忙しいんじゃねぇの?」
「ん〜、まあ、そこそこな」
それでも作っちゃうわけだとため息まじりの言葉に城島がやってなあ と跋が悪げに小さく呟く。
「あんたがさあ、そうやって彼奴のこと子供扱いするのが原因の一つって分かってる?」
「そんなん、別段、子供扱いなんてしとるつもりないよ」
「可愛いんだろ?」
「そらな」
照れくさそうな返事に混じる色の優しさに本の少し羨ましいと思ってしまう気持ちに苦笑を浮かべうつ、国分はぽりと髪をかきあげた。
「けどさ、それが長瀬との距離を作ってるってあんた気付いてる?」
その言葉に城島はきょとりと眼を開くとそのまま国分を振り返る。
「あんたがあいつを可愛い発言する度にさ、あのバカの態度が硬化するだよ」
そう、例えば某国営放送で、子供にするなら長瀬が良い と浮かんだ蕩けそうな笑顔に眉を寄せ、ラジオでまるでお父さんですね といわれる城島のはにかんだように歪む口角にそっぽをむくように。
「そんなん、長瀬だけやないやん」
松岡も可愛いし と続いた言葉に国分は軽くかぶりを振ってみせた。
「そうだけどさ、あんた、松岡には違うこと言ってるじゃん」
傍にいないと寂しいと言い、結婚相手なら松岡を選ぶと穏やかな笑顔で答える。それが長瀬の感情に拍車を掛けるのだ。
「彼奴さ、あんたに子供扱いされる度にどうあんたにふるまって良いかわからなくなってんだよ」
「なんで」
思い当たる節が全くなく、心底訝しげな城島の視線に国分はふいと横を向いてしまう。
「俺もさ、同じだったから、なんとなくわかるんだけどさ」
「同じて」
「あんたに認めて貰いたいって気持ち」
「太一?」
意味わかんない?と小首を傾げて、にっと歪んだ口元に城島は心底困惑した表情になる。
「俺はさ、デビュー前からなんていうか立ち位置がすっげぇ不安定だったわけよ」
あんたや山口君のようにTOKIOを引っ張っていく年上側でも、あいつらみたいに純粋にあんたらに甘える年下側でもない。支えることも甘えることもできない中途半端な存在。
そんな、と言いかけた城島の言葉を視線で閉じ込めると国分は、だからさ と言葉を継ぐ。
「だからさ、俺、結構焦ってたんだわ、俺って言う存在をどうやって認めて貰おうって」
焦って、苛ついて、ただその感情のままにあんたにぶつけた。今考えたらそれは一種の甘えに近いのだけど、当時はそれ以外に術を持っていなかったからとわずかに俯いたためか、かすかにくぐもった国分の声。
「やけど、山口にはそんなことなかったやん」
軽く拗ねたような口調はどこか幼くて、前髪に隠れたままの細めた眼に苦笑を誘う。
「うん、なんかね、やっぱりそこは、あれ?」
あの人なんだかんだいっても、兄貴じゃん。だからさ、仕方ねえって思えるんだけどさ。なんだかさ、アンタは違ったんだ。
「あいつだってそうだろ?」
そういうと城島は嫌そうに頬をへこりと歪めた。
そう、城島とて気が付いてはいるのだ。長瀬のあからさまなまでの態度は、他のメンバーには一切向けられることはないことを。今までと変わることなく山口は甘え、国分には拗ねて、松岡とは対当の存在であろうとする。
「ずるいわ、山口かて長瀬の事は猫可愛がりしとるやん」
「それにはさあ、山口君だからねえとしか、俺には言い様がないんだけどさ」
それにさあ、と拗ねたままの城島の肩をぽんと軽く叩いた。
「初まりが違うから、俺よりも彼奴の方があんたとの距離を計りかねてる感があるんだよね」
まだ、今よりもずいぶんと幼かった頃国分が反発をすればするほど、城島もまたそれを是として受け入れ、国分という存在を生意気で嫌いだった、反りが合わないと公言して憚ろうとしなかった。
「でも彼奴は違うだろ?」
幼い頃から城島を尊敬していた長瀬にとってその存在すべてを憧憬そのものだった。城島が弾くギターの旋律も、笑顔も、何もかもが幼い長瀬の目標だったのだ。そして、同時に城島にとっての長瀬はメンバーの中、最も幼かった事もあり誰よりも可愛い弟分であり、その接し方は時に親よりも甘く大切な存在だったのだ。
「俺のときと違って、アンタ、長瀬に何を言われても仕方がないと受け入れちまう」
それが、長瀬が独り立ちした今も続いているのだ。
「僕が長瀬を可愛いて思う事が悪い事なんか?」
ならば自分はどうすれば良いのかと口角をきゅっと歪める城島に国分が、眦を綻ばせた。
「知ってる?彼奴、リーダーと二人のロケの時、本当に優しい瞳でリーダーの事見てるんだぜ」
この間の、俺と山口君対リーダーと長瀬との屋台対決 と国分はその時の映像を思い出したのか眼をきゅっと弓よりも細くゆがめてからりと笑う。
「最後の屋台でさ、カラシって言いながら手渡してる時、リーダーの横顔、本当に優しい眼で見下ろしてた」
その言葉に自覚が全くなかったのか、へっと変な声を出した城島がつるりと頬を手で撫でる。
「それで思い出したんだけどさ、一年前のメントレのハワイのSPあったじゃん」
あったけど と顰めた眉を解くどころか一層きつくしながら、それでも子供のように城島がこっくりと頷いた。
「あの時、すっげぇ恐いウォータースライダー乗ったでしょ」
ぐるぐる回るやつ 俺と山口君、アンタと長瀬 と人さし指が国分と城島の間を行き来する。
「あの時あいつ自分から前に乗ったよね」
恐がりの長瀬が自分から城島の前に座り、顎引いてね と心配そうに城島を振り返っていた様を思い出し城島はせやねと短く返事を返した。
「でもさ、この間のニュージーランドで、あいつ、全部山口君の後に滑ってたって気付いてた?」
先に行くのは恐いと駄々を捏ね、年下の、否、末っ子の特権をフルに生かすかのように拗ね、甘え、山口が進んだ後をこそりと追いかけていたと。
「それがどないしたん?」
「あんたってさ、要らないときは頭の回転早いクセにこう言う時は結構鈍いよね」
あからさまな揶揄のこもった声音に、なんやのそれ と尖った唇に松岡みてぇと笑いながら国分は城島の手の中のクッキーをもう一枚失敬する。そのままそれをゆっくりと音をたてるように咀嚼する仕草に城島は諦めたように頬杖をついた。
「だ〜からさ、長瀬はさ、アンタを守りたいんだよ」
「はい?」
思わずといった体で見開かれた眼に国分が照れくさそうに鼻先を掻く。
「あ〜、変な意味じゃなくてさ。今までずっと無条件でアンタが彼奴に向けてた視線をさ、彼奴、内心では返したいと思ってるんじゃないかな」
複雑な面持ちのままの城島に、背伸びしたいんじゃねぇの 長瀬もさあ と続けると薄の穂に見え隠れするくしゃりとパーマの掛かった頭を見遣った。
「でもさ、何やってもリーダーの瞳の中に写る自分の姿が幼い子供に見えんだよ」
だから、もう城島の全てに唯々諾諾と従うだけの子供ではないと、自分は城島よりも大きいのだと誇示をしようと足掻いているのだ。
「従うて、別に、そんなん」
「知ってるよ。あんたは俺たちに何をしろとか、こうしろとか、そんな事言いやしないし、そんな気も更々ないってことも、彼奴も十分分かってるんだけどさ」
だけど、ずっと必死で追い掛けていた背が、ふと気が付けば己の視線のすぐ下に見えたときの長瀬の衝撃はどれほどだったろうか。ああ、衝撃を受けたことには、彼奴の事だから気付いてさえいないのかもしれない。ただ、心のうちにふつと沸き上がる違和感と疎外感に戸惑い、同時に溢れる感情を制する術がわからずに、苛つくままに言葉に乗せる。
最も、それを隠せないぐらいにはまだ幼く、許されるだろうと言う無意識の甘えがあるのだが。
手の届かないほどの大人だと思っていた城島の、大きいと思っていたその背を支えたいと思うほどには成長したのだと。
「だからさ、言葉だけじゃなくて、もう少し彼奴の事、認めてやりなよ」
「分かっとうよ、長瀬が十分大人で僕の手なんか必要ない事ちゃんとわかっとう けど」
子を持たずして、子離れを強いられているであろう目の前の男に国分は苦笑を禁じ得ない。
「あのさ、友達は自分の世界の一部だけどさ、子供にとって親は自分の世界の全てなわけよ」
そして、いずれ子供は親が作り上げた心地よい殻を自らの手で打ち破り、親のいない世界へと自ら踏み出そうとする。
だが、城島と長瀬は、その殻を打ち破った先にも、依然変わる事なく互いが存在したのだ。共に同じ道を志すメンバーとして、互いに高めあう仲間として。
当然のようにその手を離すタイミングなどあるはずもなく、 ここまで来てしまったのだ。
「ずいぶんと遅い目覚めだけど、長瀬はあんたを親から仲間へと認識を変えようと必死なんだと思うよ」
その言葉に、知っとるわ そんなん と拗ねたような小さな声が漸く暖かさを孕みはじめた空気を振るわせた。

 

「なあ、今の話と長瀬に自分が答え教えんかったんとどう繋がるんよ」
ところで、と不意に勢い良く顔を上げた城島が、不思議そうな表情を隠そうともせずに国分を振り返る。
「え?」
ああ、それはさ、と立ち上がるとぱんと国分は土のついた尻を勢い良く打ち払った。
「長瀬が生意気だからに決まってるじゃん」
TOKIOのフロントマンへと成長し、主役を張り、その存在感を不動のものとした長 瀬 智 也という存在。
「彼奴、すっかりあんたと同じ立ち位置まで、辿り着いた気でいるからさ」
ま、ささやかだけど、お前はまだまだリーダーよりも物を知らない子供なんだよって教えてやっただけ と。
「おおきにな」
「ちげえよ、別にあんたのために言ったんじゃなくて、ただ、あいつが苛々してたらメンバー内もぎくしゃくするし、アンタが落込んでたらうだうだうるさいのが約2名ほどいるから」
俺が居心地悪いだけで とほんのわずか早口で言いつのる国分に城島がへろりと柔らかな微笑を浮かべた。
「おん、でもありがとうな」
「別に礼を言われるようなもんでもないし、ああ、もう、おい、こら長瀬」
とんとんと坂道を駆け降りて、鼓膜を振るわせるほどの大きな声に城島はもう一度やんわりと微笑をこぼした。

 

「だからさ、長瀬とリーダーの距離も気になるけど、あの二人の距離の方がどうなのよって俺は思うんだけど」
ねぇ兄ぃ と唇を軽く尖らせると、傍らであふりと大あくびを一つつく男に同意を求める。
「何がさ」
「最近のリーダーと太一君よ」
ちょっと仲良すぎじゃん と目の前で揺れる枯れ草の先をぶちりと摘むと、でしょと山口を振り返った。
「え?仲いいのは良い事だろ」
「それはそうなんだけど」
「俺としては大歓迎だけどなあ」
ほら、あれ?嫁と小姑がようやく仲良くなったっつうか、継子が母親に漸く心を開いたっていうか? と続いた言葉に、
「ちょっと待って、何?そのたとえ、え何、その場合の嫁って誰よ」
嫁って兄ぃの嫁?と続く裏返るような声に山口がけらけらと先刻まで移動車で眠りを貪っていたとは思えないほどやけに軽い声で笑う。
「言っとくけど、太一は却下な」
あいつの飯はまずいからな、嫁にはしねぇ ああだったら長瀬も問題外だよな。
「じゃ何?リーダーなの?ねぇ、ちょっと待ってよ兄ぃ」

「あ〜、ぐっさん、松岡、着いとったん?お疲れさんやなあ」
背中から聞こえる声に、返される引きつった笑み。
松岡の表情に気付かず北登と共に飛びついてくる末っ子に松岡の鳴き声のような怒声が響き渡った。

高すぎる秋空の下、山間の片隅の小さな村の穏やかな一日が始まろうとしていた。

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