Jyoshima & Yamaguchi

あなたの声を聞かせてよ

ふわり、とどんよりと重たい梅雨空に、まっすぐと立ち上る紫煙が視界を過る。それをたどるように視線を動かせば、そこにあるのはいつもとかわらぬのほほんとした雰囲気をたたえた薄い背が一つ。
ったくさあ、 とぼりりと髪を掻き混ぜると山口は、はあと ため息を一つついた。
ここにきて何本目やったかな、 と城島は左手にちょこんと置かれたアルミの携帯灰皿を覗き込む。
「ひぃ、ふぅ、み って4本目かい」
しもうた、えらい無駄な吸い方してしもたわ、と吸い口+アルファの長さを残すその残骸に、眉を顰めると惜しそうに肩を竦める。自分でも気付かぬうちに随分と苛ついていたらしい。修行不足やねえ、とぽんと自分の頭部を掌で叩いて空を見あげる。
あの雲の欠片を作るんに少しは貢献したんやろか、と拉致もないことを考える。だが、そんなどこか曖昧な思考の欠片は背後から聞こえた僅かな足音に、あっけなく霧散して、城島は振り返ることなく片手をふらりと挙げてみせた。
「何か用か?」
「ん?」
いつからそこにいたのか、すたすたと近付いてきた男は何もいわずにひょいと城島の手の中を覗き込む。
「かわりにこれにしときな」
と、アルミの蓋の上に器用にもバランス悪く置かれたペットボトルをうけとめる上目遣いの瞳がぐるりと動くのを確かめると、山口もまたペットボトルの蓋をぷしりと螺子きった。
「また、長瀬とぶつかった?」
舌先を妙に甘い紅茶が転がり、そのままするりと喉の奥へと流れ込んでいく。傍らの男が飲むのは、やけに濃い色の珈琲だろうか。
「ぶつかったわけやないよ、ただ」
軽く舌を出して、その甘さをやり過ごしながら城島は、肩を竦めてみせる。
「ただ?」
「何やろね」
「何やろじゃねぇだろ」
ったく、と毒づきながらも、脳裏に過るのは、ふいと横を向いた強面の男前の拗ねたような表情だ。
「だって、リーダー、何も話さないじゃないすか。」
だから、何話たらいいかなんて、俺、全然わかんないっすよ そうぎりと鏡の中の山口を、どこか情けなさそうな面持ちで見上げてくるのは、我等が愛すべき末っ子にして、TOKIOが誇るフロントマンの長瀬だ。
ここ数年、公的な場所に置いて、リーダーはうざいだの、会話がないだのと好き放題城島を貶しているその背に、他のメンバーとてどうしたって苦言を呈してきたのだが、当の長瀬は、前述の通り、会話がないのはリーダーが悪いの一点張りで。そして、もう一方の問題児はというと、
「どないしたって、あの子ぉの気にそわへんねやもん」
と、悲しげに眉を潜めるだけだ。今日とて、珍しく早くついた長瀬と、いつもながら早い出勤の城島が二人で楽屋で時を過ごしていたのはずなのだが、ほかのメンバーが到着した時には、既に、城島の姿はそこになく、不機嫌そのものの末っ子だけが残されていたのだ。
「だからさ、何でも良いから話してやりなさいって」
役のためと一年前にばっさりと切った髪、漸くゆるりと目にかかるぐらいに伸びたそれを鬱陶しげに掻きあげた城島がほっと吐くのは溜め息の残滓。
「話せていうてもなあ、何話すん?」
それであいつの気も収まるんじゃねぇの? と続いた山口の言葉に、返されたのはいかにも不思議そうな城島の表情。
「何って、色々あるでしょ」
ほら、と指をたてて、例えば、と言葉を探す。
「最近食ったうまいもんとか」
その言葉に城島がクスクス笑う。
「美味いもんなあ、そんなん自分の方が見つけるの上手いんとちゃう?」
何か最近、ええもん食ったか?と淡い微笑付きの問いに
「あ〜、あったあった、貝料理なんだけどさ。この間、サーフィン仲間で遠出した時に、網焼きなんだけど、ぱかっと開いた貝の上から生醤油と地酒をかけんのよ、そしたらじゅわわって」
そのときも味を思い出して、思わず舌舐めずりをしながら、ふと傍らを振り返れば、そら旨そうやなあとどこか眠たげな相槌を打つ男に視線がぶつかり、思わず、この人は とため息を零した。
「だからさ、俺のことじゃなくて、貴方の事でしょうが」
「僕の事いわれたかてな」
と、ほんの少し困ったような面持ちを作った城島に山口は僅かに表情を歪めた。
「そう言えばさあ、ラジオでもそうみたいだよ」
と、ゲームの手を止めて国分が山口を見上げた。
「ラジオ?」
「俺、この間大阪泊まりだったんだけど、tetsuさんがさあ」
『城島君、ずるいよ、気が付いたら俺にしゃべらせて、自分はどうなのよ』苦笑混じりでさ、
「リーダー、そんなことないですよ、って言いながらもマジはぐらかしてんの」
「つぅことは、あれだ、太一はわざわざ仕事先に、それも夜中にシゲのラジオをエアチェックしたわけだ」
「暇だっただけだよ」
ふいと横を向いた頬はほんの僅か赤く熱を持っているのには気付かぬ振りをして、
「とりあえず、シゲんとこ行ってくるわ」
と楽屋を後にしたのだが。
「考えてみたら最近の貴方のプライベート、俺も良く知らないんだけどさ」
「やって、言う必要あらへんやろ?」
月数回は顔合わせとんのやし、と訝しげな表情に
「必要って、そう言うんじゃないだろ」
無意識に荒立った声に含まれるのは、視野がずれているような違和感を感じたからだ。
「必要やなかったら、逐一報告せなあかん義務でもあるんか?」
「義務とか、そう言うんじゃなくて」
「やって、誰も僕の話聞いたかてしゃあないやろ?」
なぜ、山口が怒っているのか、わからない城島が、きょとんとした面持ちで山口を振り返った。
「仕方がないとか、必要とかってそうじゃなくて、ああ、もう」
ぐしゃりと自分の髪をかき混ぜて、山口は、宙に浮いていた腰を下ろした。
「貴方だって、俺らのプライベートとか聞きたがるでしょ」
それと一緒だよ
「せやけど、おもしろないやろ?僕の話」
仕事して、時間ができたら誰かと飲んで、時間が合わんかったら一人でバーに行って、寝るだけ、そんなん誰も聞きとうないやろ と城島は小さく笑った。
以前、そう、デビューをするもっと以前。この人はこんなに無口だっただろうか。否、その頃とて、無駄に人とつるむことを良しとする人ではなかったけれど。
それでも、顔を合わせば、今日はどんな仕事をしただの、誰に会っただの、果ては今朝のパンに塗ったバターは不味かっただとか、重ならない時間を埋めるように互いの事を語り合った。
時には、それは今の自分達であり、過ぎ去った昨日の自分だったり、そして、未来の自分達の姿を話していた。
でも、いつから、この人は自分の事を話すことを辞めたのだろうか。
「山口?」
きいてよ 茂君
自分の声よりも幾分高い声が脳裏を過る。
先を争うように、譜面を辿っていた城島の意識を自分の方へ向けようと、飛び込んできた幼い子供。
「ずるいだろ。俺のが先に帰ってんだぞ」
まだ、着なれない学生服の詰め襟を指で外しながら、その後ろから走ってくる中学生。
ゆっくり、順番に話たらええよ
どんと背中にぶつかる鞠のように弾む体を抱きとめて、柔らかく笑う貴方はまだ、20歳になるかならぬ青年で、その傍らで纏わりつく子供たちから、顔を背けそ知らぬ振りで、ベースをならしていたのは自分。
しゃあないなあ
小さく呟いて、紡ぎかけた言葉は、彼等の足音の中に消え去って。
あのね、今日ね
口々にかけられる声に、先刻まで山口に向けられた虹彩は、淡い瞬きを残し向けられるのは、何も気付かぬ傍若無人なまでに無邪気な瞳。それでも、降り注ぐ言葉の渦は、あなたに向けられる精いっぱいの愛情表現だったから、不器用な貴方はあしらう事もできず、彼等の話を真っすぐに受け止めていた。
「ごめん」
「何謝っとうん?」
何かしたんか? と小首を傾げながらも、柔らかい笑みが口元に浮かぶ。
ああ、この人から、言葉を奪ったのは、他でもない自分達だ。
幼さを盾にとり、この人の事など何も考えず、ただ、自分達の事だけを勝手に話、時折、何か言いたげな、困ったような視線に気付かぬ振りをした。
「ごめん」
「アホやね」
訳が分からぬとクスクス笑うこの声が自分は好きだったのに。
「シゲ」
「なんや?」
細い雲の切れ間から落ちてきた、光の筋が下界を照らす。
「ん、なんでもないわ」
過去を悔いることは簡単だ。でも、悔いていても『今』は何も変わらないから。
だから、ゆっくりと言葉を話そう。
今朝食べた朝ご飯のことでも、明日の天気のことでも良い。
貴方が話す声が好きだから。
もう一度、あなたの声を聞かせて欲しいから。
また、そこから始めれば良いのだと、と山口は、眩しげに目を潜めた城島の横顔に小さく口元を綻ばした。
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